「鍵と錠」の考え方

「イラストレーター・あきまん氏が語る『絵の中の鍵』とは何か?絵に込められる情報量について」
https://togetter.com/li/784872

【1】
受け手の持つ情報という扉を開くための鍵を絵に込める、という話。
あきまんこと安田朗(やすだ あきら)氏の視点は素晴らしいと思います。

ある絵を見て見る側が面白くないと感じるのは、鍵と錠が一致しないと感じた、と言えるのかと思います。

この考え方は多くの表現物その他に応用できるな、と考えました。
たとえば、物語は読者が読み進める上で鍵を手に入れていきます。そして手に入れた鍵を使って錠をはずして結末という情報を得ることが読者の快感であると考えられます。

旅行も同じことが言えます。
事前にガイドブックなどで旅行先の情報を得るということは、ある程度の鍵(錠)を手に入れることと考えられます。そして現地で扉を開けていくことが旅の楽しみの一つといえると思います。
事前情報のない旅は鍵(錠)も探していると考えることができます。

音楽は・・・難しいですね。
音楽というのは、メロディとハーモニーの終点がほぼ決まっています。その過程をどう進むかという聞く側のワクワクに、演奏側がどうやって応えるか、という表現です。
その過程にはある程度の約束事(ルール)があって、これを錠とすると、それを開ける鍵は既に聞く側と演奏側が共有しています。聞く側と演奏者がと一緒に曲にちりばめられた錠を開いていくイメージです。結末も重要だけれど過程がとても大切です。
共通する鍵を持つことが、錠をはずして感動と言う名の扉を開く前提条件となるわけです。


【2】
上の鍵と錠の考え方を応用すると、音楽と言う表現が、いかに受け手(リスナー)の獲得が難しい、イコール、商売として成り立ちにくいかがわかります。
音楽は、表現者と受け手が一緒に錠を開けていくと上で書きました。
そのためには、受け手が表現者と同じ鍵を持っていることが前提条件なのですが、受け手へ「共通して持っている鍵」の存在を示しにくいのです。

物語であれば「あらすじ」がありますし、絵は一目瞭然です。つまり、「錠」の確認ができます。
しかし、音楽はリスナーが実際に聞くまで表現者の持っている鍵の確認ができません。
ですので、受け手はビジュアルイメージやジャンルといった周辺情報や断片情報だけで鍵の存在を推測しなければいけません。
音楽家がビジュアルイメージに凝るのはそういった理由にあります。

ドラマやアニメの主題歌やエンディング曲が売れるのは、共通する鍵を音楽以外の面で表現者と受け手が共有できるからだと思います。
そしてなにより強制的に何回も聞かせることができるのは相当な効果を発揮しているといえます。何度も聞くことで、本来好きでないジャンルの曲でも共通する鍵の存在に気づく、というということがありますので。

クラシックやジャズなどは鍵の得にくさがあります。だから一定数のリスナーを確保できますが、メジャーにはなりえません。
この場合、鍵は教養とスキルと言い換えることができます。高い教養とスキルがないと理解できない、という点で敷居が高いのです。

ただ、音楽には物語や絵にはない利点があります。
上記ページであきまん氏が、「ラフ画は自分の中の鍵を確認するための作業であり、そのため他人にはわからないが、『0→1』をやっているので生まれたばかりの生命の勢いがあらわれている。」というような表現をされています。
この言葉で考えると、生演奏と言うのはリアルな「0→1」に思えます。しかも受け手が参加できる。
CDが売れなくてもライブやコンサートが廃れないのはこういった理由があるのでしょう。

さて、この気づきをどのように使いますか。
いろいろと応用できそうです。

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イイ音夢気分(?)

Luby Sparksのデビューアルバムを聞いてまして。
これ、ロンドン録音だそうで、懐かしい音です。アナログ録音だったとしても驚かない。
なんといいますか、各楽器の音が溶けて、歌もサウンドの一部になっていて独特の「塊」感があります。歌を聞かせるミキシングじゃないんですね。

不思議なことにインイヤーヘッドフォンで聞くより、スピーカーを通した方が気持ち良いんです。
Luby Sparksの楽曲のサウンドは、英国の80年代ロック、特にギターはコクトーツインズとかマイブラッディバレンタイン、いわゆる「シューゲイザー」系なのですが、この録音がばっちり合っています。

で、気づいたのですが、ロックを支えた歪んだエレキギターの音ってアナログ録音やアナログレコードの方が合ってるんですね。
逆に言うとレコードあってのロックミュージックやエレキギターだったのかもしれません。
いや、きっとそう。
20世紀後半のエレキギターの音と録音技術の特性が偶然に気持ちよさを醸し出して、それがロックという音楽を盛り立てたのだと思います。

とはいえです。
いまさらアナログ録音機材なんて売ってないし、リスナーにレコードやカセットテープで聞けとも言えません。(まあ、そういう音で設計して作っていけば、デジタル録音でそれっぽい音でいけるはずですが)
実際、いまの日本で売れているロックをアナログ録音で聞いたときに魅力的かというと、そうは思えない。そういう音で魅力的になるように作られていない。
つまり、録音技術やリスナー環境に合わせて、アーティストのスタイルも曲作りも変えていかないといけないんだな、と感じる次第です。

でも、そんな世の中に抗う姿勢と楽曲の魅力でLuby Sparksはロックの輝きを得たということでしょうか。

Luby Sparks「Thursday」

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人様にお召し上がりいただけるものじゃないけれど

時間ができてしまった。菓子でも焼くかな?と思ったけれど材料がない。
最低限で出来るのがなんの色気もないシンプルなパウンドケーキ。
ベーキングパウダーがない。砂糖も微粒子のじゃない。
でも、まあ、バターと粉と卵と砂糖があればなんとかなる。
20180208カトルカール パウンドケーキ

というわけで、なかなかにうまくいった。
これで数日のおやつには困らない。
よく私の菓子を食べたいというお言葉を頂戴いたしますが、すみません、他の人に召し上がっていただくようなもんじゃないです。

そういえば、この前国立で、数千円の超高級パウンドケーキを見ました。
カタログからしてありえない印刷で。
パウンドケーキがその値段で一日に3,4本売れるなら生活が成り立ちそう。
でも、そんな値段はやっぱり国立だから成り立つんだよな~、とは思います。

その超高級パウンドケーキにはマジパンとか入ってるそうで。
そういや先日弟が持ってきてくれたフィナンシェにもマジパン入ってた。流行りなのかな?
私はシンプルなのが好きなので入れたくないけど、ちょっと変わった風味付けと食感を演出するにはいいのかも。

今日は急きょ代休をいただけたので、昨晩は調子に乗ってイタリア料理店へ入ってお酒を飲んでしまったのだけど、「あ~、この店の料理、既製品なんだな~」と気づいてしました。
味が出来すぎなのと、スタッフの年齢、動き、キッチンからの音なんかでなんとなく。
美味しいから不満はないし、お客の入り具合、料理の原価、スタッフの人件費等ざっくり見積もって「そうじゃなきゃ飲食店の経営は成り立たないんだろうな~」と思いました。
本格的に美味しい手作りとなると、本来前述の国立のパウンドケーキくらいもらわないとやってられないというのはあるのかもしれません。

長く生きて経験と知識を積むと、っていうか世知辛くお金お金で生きてると、楽しむ上でいろいろと邪魔になることが少なくないですね。
そう考えると自分で作る菓子や料理というのは、無心になれるという意味でも贅沢なのかもしれません。

テーマ : 手作りお菓子
ジャンル : グルメ

下り坂の生き方

ポップ歌手からジャズピアニストに転身した大江千里さんのインタビューが心に残りました。

「大江千里、47歳で始めた僕の『ライフ・シフト』」
http://toyokeizai.net/articles/-/206780

「人生は限りがある。だからやりたいことをやるために、これからの人生を使おう。そういう決断を47歳でした。そのためにすべてを一度捨てた。」

「ヒットして最大公約数のファンを得ることは、本当に好きな人を減らすんだな。これは覚悟しなきゃいけないときが来るんじゃないかな、って直感しました。」

「実は僕、今をときめくアイドルの楽曲コンペで全部落ちてるんですよ。」

「でも僕はもう二十歳じゃない。ピアノを練習しすぎるとアスリートと一緒で弾けなくなるから、冷やして、温めて、電気を通してと、いろんな治療をして指を大切にしながら、自分が少しでも美しいと思うものを作る。」

「こういうふうにして生み出した曲を聞いてもらって、拍手をもらえたら、もうこのうえない喜び。スタンディングオベーションなんて起こったら、手を合わせたいぐらい。」

「そうやって1年1年重ねていける57歳って悪くない。だから神さま、あともうちょっと生きさせて! 僕、もうちょっと音楽やりたいんですから! そんな感じの大みそかでした。」



大江さんはまだ57歳なんですよ。
ミュージシャンの「旬」は本当に短い。人生は上り坂よりも下り坂の方がうんと長い。
加齢による衰えに苦しみ、挑戦して失敗して、それでも自分にできることを精一杯やって、そこで得られるものに満足する。
それには過去の栄光は一切捨てる。
そこに、光明を見た気がします。


私も毎晩ギターを弾くのですが、筋肉疲労がひどいです。
テンションコードを1拍ごとにチェンジするような曲の伴奏を一人やるのは実際大変です。
「僕はその曲を弾きながら歌えませんよ」とギター教室の先生にも言われる始末。
週に一度は鍼灸院で施術してもらって、休み休みなんとかやっています。
これがいつまで続けられるかわかりません。

それでも、昨日よりほんの少しでも進歩したい。
人間は、なにか目標があって、少しもでそれに向かうことだけで生きていける。
ならば、長期展望で考えて、無理をせず一度歩みを止めたり、遅くするのもアリなんだな、と、大江さんに教えてもらった気がします。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

めんどくさい

電車に乗ってデパートへ買い物へ行ったら、デパートは半分ビックカメラになっていた。
もうひとつあるデパートは来月で閉店だ。

ついでマンガを買いに行ったら、マンガ売り場は縮小されて、欲しいマンガがなかった。
調べたら2017年に電子書籍のマンガと紙媒体のマンガの売り上げが逆転したらしい。
紙媒体は急激に落ち込んでいるそうだ。

もうデパートや本屋で買い物する時代じゃないのだな、と感じた。
世間に抗ったって仕方ない。
しかし、そうなるとウチの近辺ではクルマで郊外へ行かなければいけなくなる。
クルマなんて持ってない。持つ予定もない。

本格的にこれからのライフスタイルを考え直さないといけないと感じている。
ああクルマを持たないなら都市へ出るしかなく、田舎へ行くにはクルマが必須だ。
田舎へ行きたいけれど、田舎の方が地価が高かったり、なにより仕事はどうするんだ?という問題もある。

ああ、めんどくさい。
ほんとに生きるのがめんどくさくなってきた。

サイダーガール「なまけもの」

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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