セーハが苦手な私の研究

台風通過。憂鬱な週末でした。
明日の朝、通勤できるのでしょうか。

引きこもってギターを弾いていました。
仕事と家族以外で人に会うといったらギター教室の先生くらいで、先生がほめてくれるものだからその気になってしまいまして・・・ちょろい人間です。はい。

セーハとかバレーコードと呼ばれるフォームが苦手で、原理を考えてみました。
ギター セーハ コツ
セーハに力は要らないとか言われますが、なぜか考えてみたら「てこの原理」なのではないかと。
このような感じで。(写真はわかりやすくするように握っております)

ギター セーハ ダメな例
なので、これだと「挟む」ことになり力が要るのではないかと。

でも、ギターを弾くのに力(筋力)が要らないかというとそんなことはないと思います。
例えば、左手はこんなことができるのですが、これは手のひらの指を広げたり閉じたりする筋力のパワーアップのたまものですので。
ギター 手のひらの筋肉を鍛える
「握る力は要らない」のだと思います。だからよくある握力アップ器具なんかは意味がないでしょう。
でも、上のセーハを実現するには人差し指の虫様筋の持続力が必要ですし、なにより、中指と薬指を別々に動かすには、特に総指伸筋に負荷をかけます。
ためしに訓練されていない人の薬指を動かすとつられて特に中指も動いてしまうのがわかると思います。
実はもともと別々に動く構造になっていないのです。駆動部も神経も。
それを無理やりやらせているわけなので、こまめにメンテナンスしています。
ちなみに薬指を鍛えようと無茶なトレーニングをして壊してしまい、ピアニストをあきらめて作曲家になったのがシューマンだったと記憶しています。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

アメリカのママは言った「ホンダならいいわよ」

ホンダ「スーパーカブ」モデルチェンジ! デザイン一新、11/10発売
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=95&from=diary&id=4820282

ホンダの「スーパーカブ」1億台生産達成で記念式典
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171019/k10011183051000.html

記憶のままに書きますので、実際はどうだかですが、スーパーカブの商品企画は本田宗一郎ではなく、藤沢武夫だったそうです。
藤沢が欧州視察の結果を踏まえた当時としては非現実的な商品企画を本田に提案したところ、

「そんなのできるわけないだろう」

と一蹴されました。しかし、本田の扱い方を知っていた藤沢は、

「ところがあんただったらできるんだよなぁ。なあ、本田さん?」

と天才本田の自尊心をくすぐって開発させたという話を聞いたことがあります。
パワー、燃費、扱いやすさと使いやすさ、耐久性、価格・・・すべてにおいて優秀ですが、なによりポップなデザインと、ホンダの乗り物に共通する「楽しい」というフィーリング。
「スカート姿の女性でも乗れる」というコンセプトもあったみたいで、二輪車の間口を大きく広げたことに異論をはさむ人はいないでしょう。
カブのミーティングを体験してみるとわかりますが、本当に楽しみ方が広くて「自由!」という感じです。

昔のアメリカで、ディーンエージャーが「バイクが欲しい」とママに言うと、「だめよ!・・・う~ん、でもホンダ(スーパーカブ)ならいいわよ」と言われたという話を聞いたことがあります。
二輪車が持つ、アウトローな雰囲気や危険というイメージを払拭してくれたスーパーカブ。
これからも愛され続けて、たくさんの人に自由を運んでくれることを祈ります。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 車・バイク

「けものフレンズ」に関する勝手な個人的想像

まだ6話までしか観ていませんが、現段階での作品について考察と想像を。(注:以下ネタバレになるかも)

【「けもフレ」はなぜ評価されたか】
政策を提案せずただ「あいつが悪いやつだ」といい続ける政治家たち。
特定の階層に固定化する富。
モラルという社会正義を武器にミスを犯した有名人に間接的暴力を振るう民衆。

そんな世界にみんな嫌気が差しているのではないでしょうか。私と同じように。
そんな中で「けもフレ」は新しい愛とユートピアを提示しました。
それが多くの人の心に刺さったのではないかと思います。


【性とディストピア】
主人公「かばんちゃん」は、いまのところこの物語で登場するただ一人の「ヒト」です。
人としての知恵をやさしさでしか行使しません。誰かを傷つけたりしません。理想の「ヒト」です。

そんなかばんちゃんは、おそらく既にヒトではなく「フレンズ化したヒト」です。
どうもフレンズには生殖をしないようです。女の子の姿をしていても動物のオスの特徴を持ってたりします。従って性別がないようです。
かばんちゃんも一見女の子にも見えますが、一人称は「ぼく」。きっと性別がありません。
ついでに食物連鎖もないようです。

暴力は生存と生殖から発生すると考えています。
奪うのも、犯すのも、とりわけ食べるわけでもなく殺すのも、きっと性があるからです。
SFの世界では、過去にも生殖や性を廃したユートピアが描かれてきましたが、それらの多くはディストピアでもありました。
士郎正宗さんの「アップルシード」以外に肯定的に描いた作品を知りません。

「けもフレ」の世界も、このままだと退廃していくディストピアとして描かれています。
けものフレンズ達は与えられたあたらしい姿に戸惑っていたり、新しい生活を模索していることが描かれていますが、そこは元ケモノ。知恵が足りていません。
しかし、知恵を持つかばんちゃんが現われたことにより、変わっていくフレンズたちが描かれています。少なくとも6話までは。

「けもフレ」の世界は原始共産主義の理想に通じるものがあると思います。
性もなく生存が脅かされない世界であれば、知恵がなければ、人が争う必要はないはず。人間はエデンに帰ることができる、それが原始共産主義の考えです。
宮崎駿やポル・ポトと言った原始共産主義者が子どもを崇拝するのは、知恵を得ていないからだけでなく、おそらく子どもが未成熟で性欲がない(本当はあるが原始共産主義者はそこを見ない)からです。

しかし「けもフレ」が原始共産主義と違うのは、ただアダムとイブ(知恵を得てないケモノ同然のヒト)に戻るのではなく、そこから神への道を目指すかどうか、なのかもしれないと考えています。


【きみを待っていたの】
以下は、想像が過ぎると思いますが・・・

「いつもいつでもやさしい笑顔 きみを待っていたの」と主題歌の2番の歌詞にあるのですが、かばんちゃんはこの世界が待っていた神(フレンズ)に到達したヒトなのだと思います。
そしてフレンズたちは八百万の神々みたいなものなのだろうと考えます。
ヤオヨロズはアニメ制作会社の社名でもあります。

「かばんちゃん」はおそらく、ジャパリパークというディストピアをユートピアにすべく遣わされた存在なのだと思います。
ジャパリパークに知恵と良い影響をもたらし、亜人間の形態を持つ「けものフレンズ」たちの進化を促す存在なのではないでしょうか。
この場合の進化とは、生物的なものではなく、全てのフレンズが八百万の神となるためのステージアップです。
「ジャパリパーク」という「ジャパン」をもじった名前なのも、キリスト教的な服従させる唯一神ではなく、共存するたくさんの神がいる土地を指しているのだと思います。
「けものはいてものけものはいない」です。


【ほんとの愛はここにある】
「愛」はキリスト教が発明した概念です。でもキリスト教が築いたのは、異教徒の屍山河でした。
愛は服従する者にしか与えられない有限のものでした。

奪い合い殺しあい服従させるというループから抜け出すために、私たちは生物としての枠を超える必要があると思います。
そうしないと真実の「愛」は手に入らないと思います。

「神が愛だというのなら我々は神になるべきだ さもなくば・・・我々人間はこれから先も永遠に・・・真の愛を知らないままだ」
幸村誠さん「プラネテス」のロックスミス博士の言葉。


【Welcome ようこそ ジャパリパーク】
過去のSFでは、神への道はは否定的に描かれることが多かったです。「風の谷のナウシカ(マンガ版)」や「新世紀エヴァンゲリオン」しかり。
「罪を許容したくましく罪にまみれよう。たとえそれが滅びの道であっても。それが人間だ」というわけです。

でも、モラルさえも暴力の手段とするような行き詰まった現状の私たちの世界を踏まえ、そしていずれ訪れるテクノロジカル・シンギュラリティを控え、「このまま愚かな生き物として滅ぶくらいなら、たとえ生物としての敗北だったとしても、神への道を歩まないか」というメッセージを魅力的に伝えてくれたのが「けものフレンズ」なのではないかと、いまのところ考えております。


以上、この想像がどれだけ当たっているかを楽しみに続きを見たいと思います。
そしてぜひたつき監督に続編を作っていただき、多くの人に観て欲しいと願います。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

きっと愛は有限だから

テレビをつければ不倫とミサイルの永遠ループで、誰もかれもが「あいつが悪い」って言ってる世の中に飽き飽きしてきて、私は「けものフレンズ」にハマることにしたのです。
ただひたすらにポジティブなメッセージの中にいたいのです。
まだ途中までしか見てないのですが、いまのところ小さな子でも楽しめる内容になっているからお話はとてもシンプルで、伝わってくるものはとても力強いのです。

今日はお誘いでジャパリカフェへ行ってきてしまいました。お仕事お休みして。
もうけもフレ一色で幸せです。

ああ!「弾き語りができるフレンズ」のおーいしおにいさんのこのタック・アンドレスみたいなテクニックがすごい!これ欲しい!こんなふうに弾けるようになりたい!

大石昌良さん「ようこそジャパリパークへ」

さて、話が変わってですね、前期にとりためたアニメとか今見てるんですね。
で、「月がきれい」というアニメにもはまってまして。
中学生の男の子と女の子の恋のお話。
もうね、1分ごとに胸がドキマギして、再生を一時停止して、ギター弾いたり深呼吸しながら見ないといけないので、なかなか進まない。
だってさ、人間長く生きると、いろんなしがらみが出て、もうこんなふうに人を好きにはなれないわけじゃないですか。泣きたくなるんですよ。

で、今日見た回は二人が恋を貫くために、誰かを不幸せにしなければいけないおはなしでした。

それを見てわかったんだけれど、愛って有限で、愛のために幸せになるには誰かを不幸せにしなきゃいけないんだろうなって。
きっと、みんななんとなくそれがわかっていて、だから誰も恋とか愛とかをしなくなったんじゃないかって。
文明が進むというのは、きっと人がやさしくなれるということなんだけれど、それは愛を貫く野蛮さも捨てなきゃいけないんだろうなって。

なんとなくそう思うのです。

でも、「けもフレ」にはなんとなく、誰もが幸せになるヒントがあるような気がする。
おーいしおにいさんの「ほんとうのあいはここにある」という言葉の通り。
それはきっと、生き物としてのヒトを超越しなくてはいけなくて、それをヒトが受け入れられるかどうかが、遠い未来へ進むことのできる鍵のような気がします。

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サビ抜きでよろしく

今日の夕飯はとてもうまくできました。(鯵の煮つけ、キャベツとあさりのワイン蒸し)
それだけで一日がうまくいった気がします。
ええ、スケールが小さくて安上がりな人間です。

さて、「けものフレンズ」にハマってまして、主題歌がアタマの中から離れません。
すっごくいい曲。
とりあえず聞いてみて。すごいから。

大石昌良さん「ようこそジャパリパークへ」

なんというギターテクニック。かっこいい。
キーは声の音域ときっとギター用に変えてありますね。

この曲、こちら↓のサイトにあるコード説明で見るとえらく難しい。わけわかんない。

「けものフレンズOP『ようこそジャパリパークへ』コード進行とメロディと感想」
http://motcho2.hateblo.jp/entry/2017/02/21/152333

う~ん、もう私の音楽の理屈スキルはもうほとんど役に立たない。

この曲はサビはじまりです。
アニソンには多いです。尺(時間)に制限があるのでイントロやエンディングをやっている暇がないのです。
あと「落ち着きどころ」を最初に印象付けられるので、けっこう無茶してもだいじょうぶになります。
この曲もどうやらそれを活用しているようです。

で、思ったのはもう「サビ」って概念が通用しないような気がしてきました。
この曲の「サビ」は「テーマ」という意味でとらえた方がよくて、一番盛り上がるというか、つくった人が伝えたいところは、「けものはいてものけものはいない~(名フレーズ!)」からと「ゆうぐれぞらにゆびをそっとかさねたら~」からの部分のような気がするのです。

おまけに展開的には同じところでもいいはずなのに(あ、前パートのキーが違うのか?)、コード進行が違う。つまり機能が違うんです。ここ。
でも、必殺技のディミニッシュコードで解決してトニックに戻って安心。んでもってテーマで大団円。というのは同じ。
いきなり転調したり、音符を詰め込んだメロディとかで、だんだん不安になってきて、「うわあどうなるんだろう」と思ったところにディミニッシュという急展開で光が見える前後で、「ほんとの愛はここにある」とか「はじめまして きみをもっとしりたいな」とかいう大切なことを言葉で伝えるから、心がぐっとくるのではないかと。
そういう意味で、古い私の音楽理論的知識ではサビはここじゃないのだけれど、真のサビはここと言えるのではないかと。そう思うわけです。

テーマ : 日々のつれづれ
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プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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