スケベタマシイ

ギター教室Bの先生から言われた。
「聞いてもらうという意識を持たなければ上達はない」
うぬぬ、真理である。しかしね。
「もうそんなスケベ心はないのですよ」
と言っておいた。

その前の日、空気公団の山崎ゆかりさんとザ・なつやすみバンドの中川理沙さんのコンサートを見てきたばかりだ。
なんというか、「持ってる人」には絶対かなわないって思った。歌。特に歌。

このコンサートは、中川さんのコンサートで、山崎さんがオープニングアクト(前座)。
いやいやいや、普通逆だ。バンドの格で言うと、

「空気公団」>「サ・なつやすみバンド」

だ。
というのは、今回は「山崎さんがお気に入りの中川さんという才能を空気公団のファンに紹介する」のが主旨。
なので、小さい小さい会場、しかも中川さんの地元。
どんだけ中川さんのこと好きなの?もしかしてデキてるの?ねえあなたたちデキてるの?(最低)

山崎さんという人は、芸術家でエンターテイナーではない。
それが許されるくらいのスキルがある人なので、MCが上から。ファン以外はガン無視のトーク。


さて、私はギターはまだしも、歌がダメなのだ。
歌えるよ。っていうか、ギター教室の先生ですら「その曲。私は弾きながら歌えません」っていうことすらできるんだけど、声に魅力がない。低いし。どうしようもなくどうしようもなくダメだ。
音楽そのものが「もっている人」しか本来やっちゃダメなのに、歌なんてもうどうしようもない。

歌える誰かと組むなんてできない。なにせ1曲仕上げるのに数年かかる。
人と合わせられるほど器用じゃないのだ。相手が完全にこちらに合わせてくれるらな良いけど。
「嫌われたくない、好かれたい」というスケベ心がいっぱいあるならやれるのだろうね。

空気公団「悲しみ知らん顔」


テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

彼岸を超えて(「少女終末旅行」感想メモ)

まだ読み込みが足りないのと、考察が足りないので感想メモ。

■終末世界と楽園
私曰く「終末世界楽園モノ」というジャンルがある。ディストピアとはちょっと違う。
彼岸への憧れの甘い部分だけを抜き出したような、そんな感じ。
諦めることで人間の良いところだけ残るような、そんな感じ。
私はそういうの嫌いだった。
だって人間が諦めるなんてあるか?それに追い込まれれば追い込まれるほど嫌なところが残るのが人間だ。
だから「ヨコハマ買い出し紀行」とか。最初は「お」と思ったけれど、話が進むうえで自慰的閉塞感がひどくて吐き気すら覚えるようになった。


■アニメ版の意図と役割
アニメ版の「少女終末旅行」も最初そのジャンルかと思っていた。
いかにもなアイテムと絵柄だったから。
「少女終末旅行」は確かに「終末世界楽園モノ」ではあった。でも徹底的に絶望に裏打ちされた楽園だ。
確実に人類の絶滅は決定している。主人公二人もわかっている。
アニメ版は、「終末世界楽園モノ」としての体裁をとって、エンターテインメントとして原作4巻までのエピソードで完結している。

アニメ版でも最後に神様(エリンギ)から、もう生きている人間は二人だけということと(イシイとカナザワは死んだのだ)、地球が終わることを宣告される。
ここでもちゃんと将来的な絶望で終わっている。

でも主人公二人にとってはどうでもいいことなのだ。はじめから絶望世界に生きてるんだから。
アニメ版はエンターテインメントとしてそういう意味でうまい作りだ。幼い子が見ても主人公たちの旅が続くことで絶望しないで済む。
すごくよく作られている。渾身の作品だ。
アニメ版を読んでから原作5巻から読んでみるのが良いくらいだと思う。

アニメ版は原作に続いていることがわかる。
むしろ原作を読んで欲しい、とクリエーター側も願っているように感じた。
なぜなら主題歌の歌詞の放映されなかった2番にある。
「温かいコーヒーすするように ずっと待った甲斐 それがいま示すから」
原作の最後で主人公が飲んだのはコーヒーで、待っていたのは彼岸だったのだと思う。


■神様
この作品には人造の神様が出てくる。
ひとつは人工知能で、その目的は機械と人間との仲立ちだという。「双方の価値を折衝して安定した方向に導く」とのこと。つまり機械と人間の対立があったのだ。
しかし上手くいかなかったらしい。自らを「失敗作」として主人公たちに自殺ほう助させて「死ぬ」。

もうひとつは、エリンギ(仮称)だ。
これが人間から崇拝されていたことが、旅の中でわかっている。
でも、これもきっと人造のものだ。
主人公らがタイフーン級潜水艦レプリカの中で見た、過去のカメラ映像にあった「機械進化論研究会」の成果。あれの系譜だろう。
エリンギの目的は、人間によるエントロピー増大の阻止だ。
人間が創った熱的に不安定な物質(燃料や火薬)を安定化してまわっているようだ。
つまり、人間は自らの終息を願い、エリンギに託し、神として崇めた。
滅亡は人類の意思だったようだ。
…主人公らが昔いたコミュニティの騒乱を思えば、そんなことしなくても勝手に絶滅したと思うが…

そして、おそらく人類の後継者たるべき機械=神は、No.3ロケットで宇宙へ旅立った。


■死ぬということ
物語は44話から急速に収束へ向かう。
それまでのお気楽感が消え、悲壮感が漂うようになる。
物資は底を尽き、大切にしていたものを捨て、生きていた証ともいえる日記すら燃やし、暗闇の螺旋階段を上って目的地を目指す。
そこに理由はない。ただ死ぬため、とも言える。
でもそれが生きるということだと、二人が教えてくれる。

「生きるのは最高だったよね…」「…うん」

新しい朝を迎えた二人は目的地で抱き合って眠る。
旅してきた巨大な階層都市の風景と崇められてた神々が何ページにもわたり描かれ、そして、二人が消えている。
神と出会ってしまった二人に天国も地獄もない。
きっと二人はこの終わる惑星にある瓦礫の都市の一部になったのだ。


■人類の終焉と音楽
実は私は前から人類は終了するだろうと思っている。
機械や人工知能に引き継いで。
あまりにも人間は機能的に愚かだ。そういう風にできている。
その限界を超えることはできない。

そしてとうとうエンターテインメントとして、それを描く作品に出会えた。
人類の終焉は確信に変わっている。

昔、落ち込んだプロミュージシャンを慰めるべく一緒にお酒を飲んだ時、その人が言った言葉がずっと心に残っている。

「この世に価値があるものなんて音楽しかないと思わない?」

そう、この物語で、神様(エリンギ)が人類から受け継いだただひとつのもの。
それは音楽だった。

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ジャンル : アニメ・コミック

芸術家やアスリートの依存と鬱モードを利用して

芸術家とかアスリートとか、ちょっとおかしい人が多いと思いませんか。
一見好人物に見える羽生結弦選手だって考えようによってはかなりおかしな人です。

自分に応用しようと思って、ここ数か月、自分なりに調べてみました。

心理学では、人間は自己評価を高く見積もっている、というのが定説だそうです。
所属する社会によって違いがありそうですが、自分の能力を20%も多く見積もっているという論文があります。
そうしないとつらい現実に耐えられないわけです。
つまりそれが正常。

でも、アスリートや芸術家は、現状に満足できません。
自己評価が低い、とも言えるのではないかと思います。
つらい現実を見つめなければ、向上はないわけです。
「私、けっこうイケてるかも」なんて人が上に行けるわけがない・・・のですが、それでイケる人もいます。長嶋茂雄さんとか。
その代わり、もうあの方くらいの天才になると数々の伝説の通り、他人とのコミュニケーションすら怪しいですが…。

そういう方はおいておいて、おそらく、ある意味、鬱状態に近い芸術家やアスリートもいるのではないかと思います。
あえてそうしておいて、試合やパフォーマンス時には躁状態の「私最高!」モードにもっていく人もいると思います。

一方で異常な執着がなければ、練習量が足りなくなります。
異常な執着、それは依存している、とも言えます。
考えてみてください、この世には楽しいことがたくさんあるのに、それに見向きもしないで地道な練習を繰り返す、へたをすれば延々と。
なにが楽しいのか?きっと他の人にはわかりません。でも楽しいから続けられるのです。
もはや、「症」がつくほどに依存していると思われます。
競技や表現だけでなく「もう一人の理想の自分」に。

自分に試してみましたが、たしかに効果がありました。
技術向上スピードが自分史上最高です。
素質のある他の人にも試して実験してみたいけれど、間違いなく不幸になるので、おすすめできません。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

「ちはやふる」の若宮詩暢ちゃんは正義だろう?の巻

いや、昨日テレビでやってた「ちはやふる」の映画版なんですけどね。
競技かるたの世界を描く映画中のラストバトル、主人公の千早ちゃんが「クイーン」の称号を持つ詩暢ちゃんと戦うわけです。
圧倒する詩暢ちゃん。
完全に飲まれてしまう千早ちゃん。

そこに、この物語のプリンスの一人である太一君が、千早ちゃんの肩をたたく。(オマエ、自分の心配しろよ)
振り向けばチームメイトたちが見守っている。
友情パワーで自分を取り戻した千早ちゃんは善戦する、負けるけどね。
ライバルとの決着は次回に!というオチ。

なんかなー。釈然としねーなー。
だってさー、千早ちゃんここまでブレブレじゃん。
それで強いとか、主人公補正かけすぎじゃね?

練習ってそういうもんじゃないわけさー。ブレずに地道な努力を積み重ねてきたものが勝つのさ~。
メンタルコントロールって試合の時に注目されがちだけど、実は練習時にも重要なのさ~。

詩暢ちゃんは劇中で「イヤなやつ」「かわいそうなヤツ」「でもなんか憎めないヤツ」として描かれています。
現実世界で勝つのはああいう人だと思います。
「自分を高める」ということは「他者の否定」でもあるのです。
仲間に精神的な一面を担わせたら、仲間内のアベレージ以上には行けないのです。
「友情」「勝利」という少年マンガの快感原則なんですけど、現実世界は違うってこと、そろそろ描かないとダメな時代になってきたのではないかと、そう思うのです。

私の職場のあるヒトは、あるスポーツの協会にいたのですが、トップアスリート達に辟易して、それで辞めたそうです。「あの人たちは他人を人として見ていない」だそうです。
そういう人が勝負の世界では勝つのです。芸術もそうですけど。
自分を許せないから上に登れる。でも結果としてそれは他人も否定してしまう。
そういうことです。

入院しているとき、同室でとても人気のある人がいらっしゃいました。
毎日、多くの人がお見舞いに来るんですよ。お仕事は社員寮の管理人というものなんですけど、老いも若きもあらゆる関係者がいらっしゃるですね。
その方がなぜ入院していたか。
自分にも甘すぎで、栄養不良と運動不足等の生活習慣が原因で股関節を完全にダメにしてしまったんですね。
毎食コーラを500ml飲んでました。入院中はカロリーゼロのやつでしたが、いつもは砂糖入りのをもっと飲んでいたそうです。
つまりですね、自分に甘いから、他人にも甘くできる、と、まーそういうわけで。

人間、なにが幸せかはわからないのですが、勝負に関しては、私は詩暢ちゃんのスタイルが正しいと思います。

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音楽と人間の真実を知りたい

ミュージシャンが音楽を通してリスナーに提供するものは何であるのか、それについてずっと考えています。
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「人は17歳のときに聞いた曲を一生聞き続ける」
SONYウォークマンのキャッチコピー
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これは多くのことを示唆していて、「人間の心理の発達上、音楽が重要な役割を果たすことがある」という可能性を感じさせます。

衿沢世衣子さんの「サッカリン」というマンガで、悪ガキの男の子が高校生のお姉さんの携帯プレイヤーのヘッドフォンを偶然つけてしまい、そこから流れてくる音楽に衝撃を受ける、という話があります。
音楽を聴いた以降の少年の顔が少し大人に描かれて、行動が落ち着きます。
この作品はまさに上記のことを描いていると思われます。

そしてそのとき、その曲のオリジナリティはあまり関係ないです。
たとえばくるりの「ばらの花」を聞いたとき、私はPoliceの「Every breath you take」を思い出しました。細野晴臣さんも同じことを仰っていました。
この曲は、大沢誉志幸さんも「そして僕は途方に暮れる」で元ネタとしていて、「Every breath you take」も元ネタがあると聞いています。
つまり、パクりパクられ、というわけです。
そしてその時代に子どもだった、その曲をはじめて聞いた人にとって、その曲が「オリジナル」であり、過去の曲はどうでもいいはずです。
たとえば「ばらの花」をはじめて聞いた子どもにとっては、「Every breath you take」はきっとどうでもいいはずです。

これに気づいたとき、私は「オリジナリティ」という概念に疑念を抱いたと同時に、ポピュラーミュージックの世界では「今」が重要だと気づきました。
たとえ焼き直しでも新しいことが重要であって、いつまでも過去にとらわれると良いことがない気がします。

また、ある時、オリジナル曲を作っているアマチュアミュージシャンに聞いたことがあります。
「世の中に素晴らしい曲がたくさんあるのに、なぜ作曲をするのか」
その人は答えました。
「だって世界でひとつの曲じゃないですか」

それを思い出した時、確信できたのです。
人にとって「自分という神」の信仰のために音楽はあるのだと。
おそらく演奏する側も、聞く側も。

きっと「自分は自分」という嘘を隠すために、その信仰はあって、そして音楽がそれに多大な貢献をしている。
なぜ、自分は自分に嘘をつき続けるのか。
なぜなら、人間はそうしないと生きていけないから。
(人間は健全な精神を保つために自己評価を高く見積もっていることが、現代の心理学の定説となっているようです)

私の偏執狂的推察ですが、おそらく、これは正しいんじゃないかな、と思います。
だとすると、ミュージシャンのパフォーマンスの何がリスナーの「自分という信仰」に貢献するのか。それが分かればいいんですけどねぇ。これは本当にわからないでしょうね。

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プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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