Spring of Life ( とヘーゼルナッツのタルト)

なんといいますか、久々に本当に休めた気がする一日でございました。
朝からだらだらしてしまいまして、昨日、アフリカツインに乗ってるフランス人のティエリさんのところ(パン屋さん)で買ってきたパンで、ホットドッグをつくり、食べました。
やっぱりあそこのパンはうまいなあ!
自分としては、やっぱりティエリさんところのパンが一番美味しいと思う。

で、あとは家事の合間にヘーゼルナッツのタルト、別名として「たぬき色のタルト」(本日命名)を焼きました。
仕事で世話になった方へのお礼です。

170320ヘーゼルナッツのタルト
オリジナルレシピです。
パートブリゼ生地にキャラメルとフランボワーズのコンフィチュールを敷いています。
キャラメルの苦みとフランボワーズの酸味がノワゼット(ヘーゼルナッツ)のクリーム -と言っても生地っぽいものですが- に合うのですよ。

エレメントの比率と焼成時間を調整したところかなりいい感じになりました。
でもフランボワーズのコンフィチュールはもうちょい多くてよかったな。ヘーゼルナッツクリームとキャラメルの量はこれでいい。
見た目は地味。というかまったく美しくない。
フランス人がつくらないわけだ、というものですが、自分的にはこれでいいや。うまいから。

あと、久しぶりにストレッチをしました。
体幹の筋力が落ちているのと、身体が固くなっているのを実感。
ずっと気が滅入っていて、そういったことをする気がまったく起きなかったのですが、やると前向きな気持ちになれたので、できるかぎり続けたいと思います。

家事ばかりしておりましたが、充実の一日でございました。
ラジオを聞いて過ごしたのですが、Perfumeの「Spring of Life」がかかったら、ますます気分が上がりました。

テーマ : 手作りお菓子
ジャンル : グルメ

久々の物欲

突然ですが、Logic Pro Xが欲しい!
いや、D.A.W. (Digital Audio Workstation)というパソコンソフト(死語)なんですけどね。
最近、ギター弾くのにはまっちゃって。

なにせ楽しみがないので、さらっと持てるギターはほんと良い気晴らしなわけです。
それに比べたらバイクは、4重のカバーをはずして、乗車前点検して、帰ってきても、車体拭きして、エンジン冷えるまで待って、カバーをかけて・・・
という非常に手間、時間、なによりお金がかかる趣味ですので。
最近、忙しい私にはギターでもつま弾くのが楽しいのです。

でも一人で弾いててもつまんない、という気持ちは確かにあり。
だからと言って、バンドとか、ほんとめんどいし・・・
第一ね、
「アラフィフで、好きなアーティストは“さよならポニーテール”」
とか、痛くて・・・痛すぎて・・・わかっています。わかっているったら!!もうほっといてくださいよ!!

というわけで、独りで楽しむツールが欲しいな、と。
別にM.T.R.(Multi Track Recorder)でもよかったのですが、ギター教室の先生が、
「もうM.T.R.には戻れない」
というのです。センセイ曰く。
「あの小さな液晶画面でちまちまと作業していた時代に戻れますか?」
まあ、わかる。
グラフィックインターフェイスと大きなモニター万歳。

そこから、古い宅録(自宅録音)談義。
「昔はカセットM.T.R.でピンポン録音」
とか。
「1曲仕上げるのに1週間」
とか。
「ローランドのVS880の衝撃 (でも実はバウンスのときにアナログ回路を通るから音がビミョーに劣化するんだよね)」
とか。
「昔のD.A.W.は不安定で」
とか。
「古いMACの爆弾マーク」
とか。

古臭い話で盛り上がり。
こうなったら先生と同じLogicが欲しいな、と。

このダウ ―柔軟剤じゃねーよ― は、録音から編集までパソコンでできてしまう、というとんでもないものです。
私が若いころなんて、これの前身(?)と言える機械(シンクラヴィアとかフェアライトとか)が、数百~1億円とかしたんですけどね、それより高性能なことがパソコンで出来てしまうという超すぐれもの。

いいね~、ほしいね~。
でも、APPLEのソフトだからMAC専用。
ギャフン!!(死語)

テーマ : 日記
ジャンル : 車・バイク

けだものフレンズ

仕事をしすぎたようで、体を壊してしまい、検査と治療の日々でございます。
気分が滅入って仕方ありません。
仕事へのモチベーションが下がっているのが良くないなぁ、と。

そんななか、あの人のことを考えました。

「すごーい きみはジェノサイドが得意なフレンズなんだね」
というわけで、ポル・ポトです。
本名はサロット・サル。

あの大殺戮を、これまでただの共産主義国家の独裁者が行った蛮行、で片づけてきましたが、どうも気になる。
彼の行いは、原始共産主義という思想背景で語られることが多いのですが、どうもそれじゃ納得できないところがあるような気がずっとしていたのです。
で、気付きました。
ルソーの思想が共産主義に大きな影響を与えていることが広く知られていますが、あれって、つまり「エデンに帰りたい」ということですよね。
エデンは知恵の実を食べる前の人間しか入れないところで・・・

ポル・ポトがしたかったことって、エデンに帰ることだったのかも、と思いました。
つまりケモノに戻ること。
だから、理屈なんて後付けで、文明や知恵を知ってしまった大人は要らない、ということだったのではないかと。
こいつぁ、とんだ人類補完計画だ。
ちなみに、ポル・ポトはカソリックの学校へ行っていたらしいそうです。

んまあ、それはさておき、なんであんな極端な大殺戮がわずかな期間で全土に広まったかと言えば、人間はそれが好きだからです。
ミルグラム実験とか、スタンフォード監獄実験といった心理学実験がそれを証明しています。
「権威に指示された」、という理由を持てば、人は殺戮やいじめの快楽から逃げられません。
20世紀の数多くの出来事がそれを証明していますよね、文化大革命の紅衛兵も毛沢東の手に負えないくらい燃え広がりましたし、ソ連崩壊後の東欧混乱、特にユーゴ内戦とかひどいものです。
誰も語りませんが、いじめや殺戮、強姦の嵐というのは、ものすごい勢いで広まるのではないかと感じています。

おそらくポル・ポトという人は、それも計算済みで、子どもに兵士や医者をさせたのではないでしょうか。

社会主義は「20世紀の怪物」と現代社会で語られるようになりましたが、私に言わせれば、20世紀の怪物はその根底にある、ルソーの思想から繋がる性善説です。
でも、左翼と呼ばれる人たちは、本当は性善説を信じていないと思います。
彼らは、思想なんて信じてはいないのです。あれは、性善説という名の絶対正義神の力に酔いしれているだけです。
だから、彼らはやたらと攻撃的なのです。
神の権威によって、攻撃の理由を得ているのです。

人間誰もがただのケダモノですよ。
ああそうか、ジャパリパークってけっこうポル・ポトの理想だったりして。

テーマ : 日記
ジャンル : 車・バイク

マン・マシンシステムとしてモーターサイクルの魅力を考えてみた

二輪車、自転車も含めてスタンドをはずして手を離せば倒れます。
あたりまえのことですね。
では、二輪車に人間が乗っているときを考えてみましょう。
車体が倒れようとするのを、人間がコントロールして倒れないようにしているわけですが、改めて考えてみると、これは地味にすごいことです。
制御のリアルタイム性が高いことはもちろんのこと、非常に微妙な身体制御(体重移動)でそれを制御しているらしいからです。

これは意識していてはとてもできないことで、人間は無意識で二輪車をコントロールしています。
たとえば、自転車でもハンドルを意識して切ることは稀です。
どなたでも無意識の体重移動で方向を変えているはずです。

このことから、システム工学で言うところの「人間=機械系」(マン・マシンシステム)として二輪車を考えるとき、そのインターフェイスは特殊なものなのではないかと思います。
人間が椅子に座り、手足で装置に入力して制御する車とは、基本となるインターフェイスが全く違うのです。

私が知る限り、マン・マシンシステムとしてここまで人間の基本的運動能力と連動しないと機能が完成しないものは少ない部類だと思います。

さらにマニューバの方面から考えると、二輪ゆえに、移動という二次元的な要素だけではなく、コーナーリングにおける倒し込みなど三次元的(2.5次元的?)な運動を要します。

そういう意味ではパラグライダー、ハンググライダーのインターフェイスも二輪車と似たマン・マシンインターフェイスだと思いますが、あれらは基本的に動力がありません。
モーターサイクルは自立のみならず、コーナーリングやブレーキングも動力を活用するのです。

この動力があるということが、同じ二輪車でもモーターサイクルと自転車との違いで、自転車が自分の身体の延長であり、移動の限界と自分の体力の限界が繋がっているいるのに対し、モーターサイクルは動力による移動という自由(→開放感)があるだけでなく、「パートナーシップ感」つまり、モーターサイクルそのものの“キャラクター”が立つ理由になっている気がします。

キャラクター、すなわち“別の(擬人化された)人格”との一体感。
これこそがモーターサイクルの魅力の大きな根本なのではないかと、私は現段階で考えています。



【余談1】
ラジコンのモーターサイクルがあります。ジャイロや錘の移動で曲がるきっかけを作るようです。
上に人間の人形が乗っているものがあり、それは自由に動きます。
走らせると、人形がモーターサイクルをコントロールしているように見えます。
コンピュータ制御しているわけではありません。
このことから考えるに、モーターサイクルが走っているとき、人間がモーターサイクルに「運動させられている」部分も大きいのではないかと思います。
このこともモーターサイクルに人間がキャラクターを感じるの原因のひとつではないかと思います。


【余談2】
現代における飛行機は、コンピューターに大きく介入されることにより制御しているのですが(もちろんそうじゃない古いものや小さいものがありますが)、モーターサイクルの場合、動力制御と制動(ブレーキング)制御以外にコンピューターが入り込む隙がありません。
ブレーキングですらつい最近で、コンピューター制御されていないものが多数。
ちなみに完全自立するモーターサイクルが最近開発されたので、車体制御や運動により深くコンピューターが関わる可能性が高まりましたが、実用化にはまだまだであると思います。


【余談3】
スクーターなどを除き、気筒数、気筒配置、排気量などエンジンの形式がモーターサイクルのキャラクターに大きく影響します。
運動性能の特徴に大きく影響することから、モーターサイクルのエンジンレスポンス等は敏感なものになっていき、現在では車のレース用に匹敵するような仕様のエンジンやタイヤがモーターサイクル市販車に搭載・採用される結果となったそうです。
ちなみに、車の車内で実際とは違う作られたエンジン音を演出するものがあるそうで、そういった人間と機械の一体感を機械的に作るという試みも存在します。


【余談4】
ジェットスキー、マリンジェットと呼ばれる乗り物を「水上バイク」と呼ぶ所以はマン・マシンインターフェイスが似ているからだと思います。

テーマ : 日記
ジャンル : 車・バイク

移動と生活空間のブルース

今日はお休みをもらいまして、自転車「スーパー通勤丸」で片道20㎞くらいの道のりを走って、ひさびさのギター教室へ行き、それから喫茶店でただひたすらにマスターと常連さんとおしゃべりして、一日が過ぎてしまいました。
しばらく仕事と家事ばかりしていたので、ひさびさに自分のしたいことをしたような気がします。

さて、なんというか、思い切りライフスタイルを変えたい気がするのですが、一体自分が何をしたいのか、忘れてしまった気がします。
そこで整理してみました。

たとえば、なんで片道20㎞もスーパー通勤丸で移動しなきゃいけないかというと、

・かっこいい高性能な自転車があれば楽なんだけれど、そういう自転車は家の中で保管しなきゃいけない。しかしもはや私の4畳半の部屋に自転車を置くスペースも、曲がった階段を慎重に上げ下げする気力もない。
・バイクはバイクカバーの上下からブルーシートで包んでおり、出すのもしまうのも一苦労。
・車は維持費用に対する利点が薄い。

という感じ。

うん、やっぱり生活のスペースだよな~。
しかも、集合住宅じゃだめなんだ。
バイクをしっかり保管できて、それなりの量のモノを整理して置けるスペース。

家だよな~。一軒家だよな~。
でもな~、仕事がなぁ。

思い切って人生を全然違う方向へ舵を向けてみるとか。

ん~、寝よう。

テーマ : 日記
ジャンル : 車・バイク

プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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