オリンピック・パラリンピック=ファシズム

試験が終わりました。そしてこの週末は2連休!
でも、今日は試験の後片付け。。。といいますか、家事を怠っていたので掃除をしまして。
それから書類をやっつけてポストに投函したり、クリーニング屋へ行ったり買い物したり・・・う~む、疲れた。暑いからかもしれないけれど、寝不足だからかもしれない。
今夜は早く寝よう。

さてさて、本日「都内の小学生はオリンピック ボランティア強制参加」の記事を見て驚いたのですが、調べたら、2015年8月のものらしいことがわかりました。

でも、「オリンピック・パラリンピック教育」はあるらしい。
https://www.o.p.edu.metro.tokyo.jp/effort-example
ここにある「オリンピック・パラリンピック教育の基本的考え方・進め方」
によると、オリパラ教育による「育成すべき人間像」として、

「スポーツに親しみ、知・徳・体の調和のとれた人間 」
「多様性を尊重し、共生社会の実現や国際社会の平和と発展に貢献できる人間 」

とあります。
さらに、「基本的視点」として、

「全ての子供が大会に関わる」

とあります。

あのね、スポーツが嫌いな子はどうしたらいいんですか?
そういう子にとっては地獄ですよ。
第一、すべての子どもがオリ・パラに関わらなくちゃいけない理由って何ですか?スポーツをやらなければいけない理由って何ですか?
スポーツをやってれば子どもは健全に育つ、みたいな安易な発想が嫌いです。
なぜって?私の両親がそういう考えで、大嫌いなのにやらされたからですよ。

なにより、多様性を尊重するなら「スポーツが嫌いである権利」「オリンピック・パラリンピックに関わらない権利」も尊重されるべきではないですか。


それに関して、ちょっと懸念していることがあるのですが、いつからか「多様性は正義」になってませんか?
多様性と一言に言ってもいろいろあると思いますが、例えば、日本に外国人の人がたくさん暮らすようになったとして、日本の文化を守れると思いますか?
私はそうは思えないんですよね。
文化ってある程度閉じられた世界で作られるものだと思うので。

たとえば、極端な心配だとは思うのですが、「多様性を正義」にすると、変な話、移民の受け入れの理由になってしまわないかなと思うのです。
私は移民・難民受け入れ反対の立場をとっているので。

もちろん、いろいろな人がいて、いろいろな考えがあるというのは尊重されるべきだとは思います。
しかし「多様性」という言葉をなにかの理由にするとき、その扱いには慎重になるべきだと思うのです。
プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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