服を買うの好きですか?

皆さん、服を買うのは好きですか?
私は嫌いです。苦手です。
・・・なんでかは知らない。分析したくない(どうせロクでもない結果しかでない)。

でも、来ている服が擦り切れてしまったりしたらもう仕方ないです。
ほんとは色あせる前に買わなきゃダメだってわかってます。
昔組んでいたバンドのメンバーからは、「服、どうにかならないの?」って言われていました。どうにもなんねーよ。
以前、なんというか興行世界にちょっとかすっていた時は、プロのアーティストとかの服装に感心しましたよね。
普段着で、しかもカジュアルなのに、いつもピカピカだもん。
古着っぽかったりするのに、なぜかピカピカだもん。
なんていうか、普段から世界観出しまくりで。
いやもう陰で苦労してるんだろうな、って、そう思ったわけです。

さて、話がずれましたが、着ている服がダメになって、さすがに買いに行くことへしました。かすかな勇気を振り絞って。

わかります。ユニクロか無印だけじゃいけないってわかります。
なのでデパートへ行きます。
クルマを持っていたらどこかのアウトレットモールとかに行くのでしょうが、あいにくクルマを持っていません。
これまで使っていたデパートは閉店してしまったので、県都までいってみました。
えっ東京?なにそれ?
騙されませんよ。東京なんて物語の中にしか存在しない魔都ですよ。現実にはないんですよ。

さっそく売り子のお兄さんに捕まります。
服を買うことで苦手なことのひとつが、店員さんとのやりとりです。
なんていうか、「年相応の社会人」を演じないといけないということ。
だからといって、背中を押されないと買えないからなぁ。
というわけで、店員さんに騙されるように買ってきました。

疲れた。

でも必要なものをすべて買えていません。
また行かなければいけません。とほほ。

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「多様性」という言葉の甘い罠

■「男の子だってお姫様になれる」 男らしさ・女らしさを問い直すプリキュアに「神回」と称賛の声
(キャリコネ - 06月11日 15:23)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=5150534

「旧来の『男らしさ』や『女らしさ』に疑問を投げかけ、多様性を認めようとする放送内容に、ネットでは『神回』と称賛の声が相次いだ。」
とあるのだが、これは「多様性を認めようとする放送内容」とは違うだろう。
真に多様性を謳うならば、「旧来の男らしさ・女らしさ」を維持しようとする人も尊重せねばならないのではないか。
この記事は、多様性を賛美しようとしているが、実は否定しているのだと思う。
(プリキュアでは一言も「多様性」なんて言っていないことに注目)

多様性とは絶対に同意できない意見の人を認める、ということだ。
そういう隣人と一緒に暮らすのであれば、意見の対立時にお互いが、大事なものを捨てる必要が出てくる。
それができないなら争いになる。
わかりやすいところで、パレスチナとイスラエルだ。

最近、どうもこの「多様性」という言葉が、そのネガティブな面を認識されずに、万能の神のように使われているような気がする。
文明とは洗練されていくもので、洗練とは多様性を排除していくことだ。
極論で言えば野生が多様性の頂点の状態だ。

いろんな人がいるし、そしてそれを認めることが重要だ。
それは正しい。
しかし、社会規模で考えれば、それがふさわしくないこともあるし、真の多様性社会を作り出すなら、どんな隣人の存在を大きな心で許さなければいけない。
なにより意見の調整が超高コストだ。

多様性、ほんとにそんな素晴らしいですか?
そして、そんな社会は本当に維持できるのですか?
本当にお互いのために公平に富を分配できるのですか?
あなたは、意見の合わない隣人のために、大事なものを捨てられますか?

「ひそねとまそたん」が好きすぎまして…

























「ひそねとまそたん」
http://hisomaso.com/

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絶望と仲良くなるための音楽生活

どこへも行きたくなく、誰にも会いたくなく、そんな状態が1年以上過ぎてしまい、ギターばかり弾いているのだけれど、年を取ってから始めた音楽というのは「絶望と仲良くする(by 「終末少女旅行」のユーリ)」がテーマなので、けっこう相性がいい。

ドレミファがわからない人は、わかる人についてけない。わからない人は永遠にわからない。永遠の絶望というわけ。

ドレミファのわからない人同士でバンドを組んだこともあったけれど、すぐに「ライブをやろう」とか言い始めたので辞めた。
ドレミファがわからない人は、自分がどれだけダメなのかもわからないのだと思った。
そんな上から見るのもいやだった。中途半端にしか身につかないならソルフェージュなんて何年もやるんじゃなかった、と思った。

最近、アニメ音楽がすごいと思う。
アニメ版「日常」で映画みたいにキャラの動きに合わせてオーケストラが演奏していたのはもうずいぶん前のことだ。
週刊のギャグアニメにそこまでやる?と思った。
「ポプテピピック」では、ステッペンウルフ調やEW&F調の曲に単調な映像がつくだけなど、ネタとしての音楽が活用されていた。とにかく楽曲が多った。
いまはまっている「ひそねとまそたん」では、主題歌が物語の進行で変化したし、エンディング曲が物語のオチになったりした。

映画とは違う物語と音楽との融合手法だと思う。
週刊で1回が短くOPとEDがある、という形式も手伝っているとはいえ、すごいことだと思う。映画は演劇が背景にあるからミュージカルになりがちなのだ。
きっと音楽制作の低コスト化と、アニメ作品の収益を得る方法の変化なども絡んでいるのだろう。
なによりネットで無料で音楽が入手できるようになり、商売が成り立たなくなったミュージシャンがアニメ業界に流れてきたことも大きいと思う。

そんなことを考えながら、小さなころ、他人の家にあった映画音楽のレコードを聞かせてもらったことを思い出した。
なのでチキチキバンバンとか、映画を見てないのに曲は覚えていたりする。

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未来のことなんて誰もわからない・・・んだけど

いままで生きてきて、考えない人が経営者に向いていると思う。
考えると、結論としてなにもできなくなるからだ。
リスク回避とは最終的には「なにもしない」が一番確実になるのだと思う。

結局のところ、未来のことなんて誰もわからない。
もっともらしい企画書は集団の意思決定をまとめるだけに存在しており、そこにある数字も確実性を保証するわけでもなく、あてになることの方が経験としては少ない。
第一、そんなものが役に立つなら、誰もが成功者になれるはずだ。
だったら何も考えないで何度も施策を試したほうが「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」ということもあるわけだ。
そしてたまたま当たりクジを引いた者だけが生き残る。

考えないで決断できるというのは、自己評価が現実よりも高いということだ。
新規設立された会社のほとんどが5年以内に消えていく。そんな状況で起業する人というのはよほど自己評価が高くないとできない。
そして、そういう人は自分の失敗を認めないし、他人のせいにしがちだ。
その上サイコパスであれば、さらに適性が高くなる。

つまるところ、経営者とは嫌な人が多い。
もちろんそうじゃない人もたくさんいるだろうけれど。
自分の経験上、嫌な人の方が多いと感じてきた。

そういう人は競争に強い。資本主義社会への適性が高い。
どんどんいやな世の中になるのも頷ける。
共産主義者というわけではないけれど。

私は、どうもポジティブとか前向きとか、そういうのに嘘を感じる。
それらは自己肯定という名の思い上がり、つまりゆがんだ認知で成り立つものだからだ。
いい加減、人類はその現実を受け止め、自らが愚かで虫と同等のとるに足らない生命体であることに気づくことができればとも思うし、それが生き残る道だと思う。
でもダメだろうなあ、思い上がりという愚かさこそ人類の特質であり、良いところでもあるのだろうしなあ。

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プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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