年末大妄言

さあて、年末大サービスの大予言(妄言)だよ。
酔っぱらってるから言えることだから、冥途の土産に聞いておくれ。

大掃除で発掘したE.E.スミスの「銀河パトロール隊」を読みながら一杯やってきました。
「銀河パトロール隊」は「レンズマン」シリーズの栄えある第一作で、古き良きスペースオペラです。
スペースオペラの元祖にあたる作品のひとつなのではないでしょうか。

でもこの荒唐無稽なS.F.小説で現実化されたアイテムがあることをご存知でしょうか。
それは、軍艦の戦闘指揮所(Combat Information Center、略してC.I.C.)です。
宇宙の保安官たるレンズマン達の戦闘を統率、効率的に展開するための巨大戦闘指揮艦、ディレクトリクス号のアイデアを、アメリカの軍人さんが現実化したものがC.I.C.だったりします。(本当だぞ!)

S.F.作品の中には、すでに現実化されたものがあります。
私の印象に残っているのが、手塚治虫さんの短編で、大人向けのエロティックなハードS.F.でした。
その世界では、すべての人類が携帯パソコンを手にしているのです。
まさに今のスマホです。
でも、そこに通信機能は描かれていませんでした。現実のスマホの方が上をいっています。



私、レンズマンを読みながら気付いてしまったのです。

物理的な技術はまだまだ未来のものですが、情報に関するものは、現実がS.F.の上をとっていることが多いような気がするのです。


そこから推察するに、おそらく、先日書いた私のアイデア、量子コンピューター関連のことは当たりなんじゃないかって思うのです。
量子脳理論が当たりなら、量子コンピューターとの親和性もありえるのではないかと。
もし、そうなら、人類の意識は物理の壁を超えることが可能となるのではないかと。
魔法みたいなことが現実になるのではないかと。


以上の想像は、実はロマンティックなイメージからきています。
私は、職務上の特権で、科学者が、全然違う分野の科学者に講演を行う会の参加資格を持っているのですが、あるとき、その会で観測物理学の世界的権威がおっしゃっていたのです。

「あと数十億年すれば、宇宙の膨張に光のスピードが追い付かなくなり、地球があったとしても、夜空は真っ暗闇だ。宇宙の歴史の中で観測できる条件の時代に我々が存在することが偶然とは思えないときがある」

人間は生態圏を飛び出しました。宇宙への進出です。
これはほかの生物には到底できないことです。
なので、我々の存在にはなんらかの意味があると、私は思いたいのです。

しかし、地球の歴史の中で、大絶滅は普通にあります。
明日それがやってきてもおかしくないのです。
大絶滅のスパンの間で、人類が意味があることを成し遂げるとすれば、そろそろ革命的な発見がないといけないだろうと、そう思うのです。
量子脳理論と量子コンピューターあたりが、それならばいいな、とそう思うのです。

私が死ぬ前にそれがある程度確立されたらうれしいな、とそう思います。





さてさてさて、人類の未来の前に、私の身体がピンチであります。
下痢が止まらない~。きっと原因はニンニク醤油だ~。迂闊だった~。
ああ、どうしてこう肉体はもろいのか・・・(特に私のは)


テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

私はゲス男側に入ってしまった(ばどみゅーみんさん「MOTOジム!」)

二輪ジムカーナをテーマとしたWEBマンガが読めたので、一気読み。
http://plus.comico.jp/manga/challenge/258/
ばどみゅーみんさん「MOTOジム!」

初心者ライダーがジムカーナにハマっていく話。
う~ん、主人公のモチベーションがすごくネガティブで共感できない。
そんなに主人公の元カレ、マサトって主人公がこだわるほどの男か?ただのゲスじゃん。
まあ、ゲス男がジムカーナをはじめて、「俺が間違ってた」とか言って元鞘に収まって、チャンチャン、ってオチなんだろうけれど。

それはおいておいて、です。僭越を承知で正直な気持ちを言うと、私は、初心者にジムカーナを勧めません。
あくまでも「ジムカーナ初心者」じゃなくて、「バイク初心者」に、です。
理由として、技術もバイクも、もしかすると思想も競技に引っ張られすぎるからです。

私は、ジムカーナではないのですが、Honda Riding Schoolを1年くらいかなり入れ込んでやっていました。
ジムカーナほどじゃないのですが、近いところにある練習です。

確かに、役立ちます。すごく役立つんです。おまけに楽しいんです。
ハマってかなりの額をつぎ込んだと思います。

でも、私は、このマンガの主人公みたいに、いきなりコースを1速で練習なんてできませんでした。
私は、ブレーキング、スラローム、半クラッチ、8の字あたりを、それこそ夏場はバイクを降りると膝をつくまでやりました。
コースに入っても2速3速ではじめて、スロットルに軽く手を添えるだけでクリアするとか、セルフステアを徹底的に覚えてから1速のスロットルワークでしたね。
そういう段階を踏めたのはスクールだったからです。
前に行ったジムカーナ練習会では、そういうスキルの人向けのコースはなかったから、初心者でも1速フルロック旋回を目指さないとクリアできないんでしょうね。

そして、初めての大型バイクであるドゥカティ Monster696を買ったのですが、これで苦労しました。
スクールで培った技術が、違うバイクだと(ましてやホンダだったからなぁ)、まったく役に立たないんです。
それでもバイクの方を自分のスキルに合わせようとして、ずいぶん失敗しました。
それから、スクールには行かなくなりました。
今思えば、当時の練習が間違いなく役立っているんですけどね。
でも、当時は周りの人々がそんな感じだったせいもあって、「それがすべて」に思えてしまっていたのです。
おそらく初心者だったからだと思います。

ジムカーナ、というか低速域のスキルって、やり続ければ続けるほど、バイクもテクニックも特化していきます。
ジムカーナって、いろんなバイクが参戦して、いろんなカテゴリーがあるけれど、なんとなく、上に行けば行くほど、ほかの文化の許容度が狭くなっていく気がするんです。

「MOTOジム!」に出てくるゲス男は、男尊女卑思想で高速仕様のバイクに乗って「バイクは気合」とかわけわかんないことを言っているヤツなんです。嫌なヤツなんですけど、でも、これってジムカーナ界隈から見た一般ライダーの象徴に見えてしまって・・・
もちろんそんなふうに思っている人は少数派なのですけれど、あるんですよ。間違いなく。一部の人たちの心の奥底には、「俺たちはわかっているライダー、競技も練習もしないヤツらはカッコだけ」みたいな優越感が・・・
ばどみゅーみんさんは、どうやら「盆栽バイク」に乗っている人をそう思っているんじゃないかな。

それと白バイ信仰もそう。
「MOTOジム!」でも、「白バイがやっているから」とか言って、主人公を納得させるコーチが出てきます。
白バイってプロだからそりゃあ、テクニックはすごいです。
でも、警察という条件と与えられた装備、そして彼らの美意識からああいうスキルになるわけであって、全ての人に正しいわけじゃない、と私は思います。

ジムカーナにハマるひとって、まじめでいい人が多い気がするのです。それだけになにか暗黒面が深い気がして・・・
ああ、そういう意味では、私はゲス男側に入ってしまったんでしょうね。
でもゲス男側の世界を見せてくれたMonster696には感謝しています。
このバイクには本当にたくさんのことを教えてもらった気がします。

バイクなんて自己満足じゃないですか。
やりすぎは確かにバカみたいだけれど、ストイックに上を目指すことだけが正しいなんてことは絶対ないわけで、バイクのポテンシャルのほんの一部分だけで楽しむのだってアリだし、カフェに行くのだけもアリだし、寒い日や雨の日に乗らないのもアリだし、盆栽カスタムを楽しむのだってアリじゃないですか。
自由だからいいんじゃないですか。

「MOTOジム!」を読んでいると、ジムカーナの楽しいところと、悪いところ、両方見えてくるな、と。
といわけで、私は、初心者ライダーが「うまくなるために」ジムカーナをやるのはお勧めしません。
私が行っているような、ジムカーナよりちょっと速い公道の速度域を想定した練習会がもっとあると良いと思うのですが・・・
もちろん、「ジムカーナをやりたい」のであれば初心者の方でもぜひチャレンジしてみて欲しいとも思います。

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

レースマンガって難しいなあ(藤島康介さん「トップウGP」)

帰りに本屋に寄ったら藤島康介さんの「トップウGP」が出ていたので購入。
まだお話は序盤でいろいろと伏線が張られたのだけれど、どうも・・・

う~ん、正直面白くない・・・

なぜかといと、主人公に全然感情移入できない。

この作品は主人公がMotoGPという世界最高峰バイクレースに出場することが決まっている。
レース、ましてや本気で上を狙うとなると、才能、環境、お金、ひっくるめて運、すべて整わないといけない。
生まれたときからある程度環境がそろっていないと行き着くことはできない、はじめから特別な人たちなのだ。
本作の主人公もそうだ。才能、金、環境、おまけに小学生なのに女まで揃っている。
物語の序盤で過去と未来の両方の挫折を味わう伏線が張られているが、まだ顕在化していない。

だから、見どころとなると、レースにどのようにして勝つか、それだけになる。
それなら本物のレースを見た方が面白い。

「物語」である以上、主人公に感情移入できなくてはいけない。
曽田正人さんの「capeta」では(車だけど)、レースマンガというより、スポーツマンガとして、リアルなレースの世界を描くことと、主人公を逆境において、そこからのし上がる人間ドラマを共感の材料とした。
しげの秀一さんの「頭文字D」は(車だけど)、ある意味ファンタジーな内容で、主人公に水戸黄門的な痛快な役割を持たせることで、主人公に生まれるはずの反感を覆した。(ある意味アウトロー系、不良系レースマンガの面白さから、暴力と不良感を排除したアイデアが大ヒットの理由の一つだと思う)

「トップウGP」は、スポーツにもファンタジーにも、どちらにも振ってない。
藤島さんはベテランだから、内容としてはソツがなく、そこが逆に物足りなさを増幅させる。
最初の掴みで、読者に主人公への共感を強く感じさせないといけなかったんじゃないかな。

つくづく、レースマンガ、とくにバイクとなると難しい。
レース内容がマニアックにならざるを得ず、そもそもバイクに興味がない読者には面白くなくなる。
レース以外のところをフォーカスすると、バイクやレースはどうでもよくなる。

あ~、私は藤島さんが描く女の子が苦手だからなのかもしれない、と、いま、ふと思った。なんだか藤島作品に出てくる女の子って男に都合よすぎる気がして苦手なんだ。
主人公のモチベーションであるヒロインがどうしようもなく好きになってしまうような読者には良い作品なのかな?

161205トップウGP
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 車・バイク

好きなことは好きだって言ったほうがいい(衿沢世衣子さん「うちのクラスの女子がヤバい」2巻)

衿沢世衣子さんの「うちのクラスの女子がヤバい」2巻が届きました。

まずはあらすじを。
「思春期性女子突発型可塑的無用念力」略して「無用力」。
十代の特定の女の子だけに発現する、あまり役にも立たない不思議な超能力のこと。
能力はその子次第。イラつくと指がイカの触手になるとか、心拍数が上がると透視能力が発現するとか。
この能力を持った女の子が集められたある高校の1年1組を舞台に、人騒がせで役立たない超能力が引き起こすお話しです。

1巻でちょっと気になる話がありました。第3話「点子ポエティック」。
点子ちゃんは、超天然な女の子。
スマホを壊してしまい、賞品目当てに恋愛の詩のコンテストに応募しようとします。
しかし、彼女は恋をしたことも憧れたこともなかったのです。
あらゆる媒体の恋物語を摂取して恋愛モードになろうとする点子ちゃん。
でも、その努力むなしく、納得できる詩ができあがらないその時、彼女に愛の告白をする男の子、ヤマモト君が現れます。
その時、点子ちゃんの無用力が発動。学校中に大変なことが・・・

なんで気になったのかというと、ラストが気持ち良くなかったのです。
一応、点子ちゃんがヤマモト君を振った、ということになるのですが、あいまいで「点子ちゃん、本当にそれでいいの?」という感じなのです。
点子ちゃんが大切なことから逃げている気がして、それが衿沢作品の女の子らしくないな、と思ったのです。

衿沢先生の作品に出てくる女の子は、いまは恋愛よりも大事なことがある!という人が多く、恋愛に鈍い女の子は不思議ではなかったのですが、なんというか、衿沢作品としては、どうも気持ちの良い終わり方でなかったのが、妙に気になっていたのです。


そしたら、なんと2巻では恋の第2ラウンドが!
160917 ウチのクラスの女子がヤバい
両想いなのに、いつまでなにやってんだ、おまえら。



<注意!以下ネタバレあります>

海外への引っ越しを前に、点子ちゃんに再度告白しようとするヤマモト君。
点子ちゃんはそれでも煮え切らない態度。
そして、告白の約束の前日。悪の組織(?)の陰謀で、点子ちゃんはヤマモト君との約束を忘れてしまう。

約束の場所に現れなかった点子ちゃん。
失意のまま、黙って外国へ引っ越したヤマモト君。

ヤマモト君のいない文化祭。点子ちゃんが作詞した恋の歌が、軽音楽部の演奏で流れる。
点子ちゃんは、大事なはずだった誰かにつながらない(のだろう)巨大な無線機みたいなケータイ電話をもって空を見上げる。

一方、ヤマモト君はなぜか日本に向けて旅立つのだった(南米らしきところから徒歩で)。つづく。


わけがわからないけど、衿沢作品初じゃないかと思う恋愛マンガになってしまった。

あの微妙すぎる気持ち悪さが伏線だったなんて・・・やるなぁ。

衿沢先生は、昔から「大人と子供の境目」をテーマとした作品を複数描いてきました。
点子ちゃんの場合、それは「子供時代と決別する決断」なのだろうと思うのです。
きっと、点子ちゃんがヤマモト君へ気持ちを受け止めて、ヤマモト君に打ち明けたら、無用力は消えるのではないかな、と思います。

好きなことを好きだと言えなくなったら、人間終わりだって思っています。
(もちろんできる範囲で)

でも、私も悩みます。
たとえば、ギターを弾くことを人に言うと「弾いてよ」と言われるのですが、一人で完結できる曲をやってないし、なにより誰も知らないアーティストの曲ばかり・・・
おまけに、私が弾いたら気持ち悪がられるだろうな、というロマンチックだったりかわいい曲ばかり・・・

今日、実はギター教室の先生に相談したのです。
そしたら先生はこう言いました。
「誰に何を言われようと、人は好きな音楽をやるべきだ」
その通りだと思いました。ありがとう、先生。
ときどき心が折れつつも、わが道を行きたいと思います。


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ジャンル : アニメ・コミック

これは愛の話(関谷あさみさん「千と万」)

前にも紹介したことがあるのですが、関谷あさみさんの「千と万」の最終巻が出たので早速拝読しました。

父子家庭の父と娘の日常のお話です。
娘の詩万(しま)ちゃんは中学1年生。ちょっと難しいお年頃。でもまだまだ子供。
お父さんの千広(ちひろ)さんは、一人娘がかわいくてしかたないけれど、距離感を常に考えて、子育てに頑張る毎日。でもちょっと甘えさせすぎ。

関谷さんの描く女の子はとてもかわいいのだけれど、父子家庭のずぼらな一面ものぞかせる生活感がリアルだし、かわいいだけじゃない女の子の姿もまた現実感があります。
160915千と万

そんな二人の生活はこの巻でも続くのですが、読者にとって衝撃的なことが分かります。
それはいままで全く話に出てこなかった、詩万ちゃんのお母さんのこと。


<注意!以下ネタバレあります>


詩万ちゃんのお母さんは亡くなっていました。
詩万ちゃんのお母さんと千広さんは、大変な年の差婚だったのでした。
私の勝手な想像なのですが、かなりの高齢出産だったと思われるお母さんは、詩万ちゃんの出産で命を使い切ってしまったのでしょう。
どうやら千広さんのご両親は既に他界しており、親戚も遠くにしかおらず、千広さんの妹の那由さんに手伝ってもらいながら、千広さんは、一人でここまで詩万ちゃんを育てたのです。

そんなエピソードがほんのさりげなく入ってくるのです。

それから物語は収束に向かいます。
なんてことはないのです。二人の日常が続くのです。
でも、詩万ちゃんは二年生になったり、千広さんは中古車を買ったり、毎日はちょっとづつ変わっていきます。

そして、那由さんに婚約者ができたり、隣の波ちゃんが高校生になったりと、おめでたいことがあります。
二人のなんでもない毎日が、詩万ちゃんが千広さんのもとを離れるまで続くのだけれど-実はそれはあとほんの数年なのだろうけれど-、詩万ちゃんのお母さんのことを知ると、読者は、このなんでもない毎日が奇跡なのだと、心から思えるようになります。

そう思わせる、関谷さんのプロットづくりが、すごいうまいのです。
(詩万ちゃんの失恋→詩万ちゃんの誕生日→お母さんと千広さんのこと→周りの人々のおめでたいことと毎日)
そして、やっぱり関谷さんの特筆すべきスキルは、ほんとうに何気ない小さな感情を物語にできること。

これは愛のお話。
街の灯りのひとつひとつの下には、そんななんでもなくても奇跡的な愛があって、それは目に見えないけれど、我々の生活の底に、大きな川のように流れているのでしょう。

私は、若いころ過ごした、誰も知り合いがいない東北の小さな町で、夜の仕事が突然なくなって暇を持て余し、なんとなく行きついた夜の北上川の流れを思い出します。
闇の中で何も見えなくて、川の流れの音だけが耳に届く。
きっと、私たちの毎日を支える愛の流れはそんな感じなのではないかと思います。
これからも耳をすませば、あの音が聞こえてくることもあるでしょう。


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テーマ : 漫画の感想
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プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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