アフター・ウミノ

いまさら羽海野チカ(うみのちか)さんの「ハチミツとクローバー」を読み直しています。
「CUTIEコミック」でこのマンガと出会ったときの衝撃は、もうすごかったです。
「この新人さんのマンガ、すっごく面白いね」と、友達と語ったのでした。

その衝撃は、我々だけではなかったようで、あっという間に映画になり、アニメになり、テレビドラマになり、少女マンガ世界における表現を超えて、いろいろな功績を残しました。

そして、物語が進むにつれ強調されていたことは、、

【愛にはお金(力)が必要だという徹底した価値観】

さらに、

【持てる者と持たざる者の越えられない壁】

でした。

なにより、掲載誌の休刊による出版社の移籍に伴い、主人公となった(編集部の意向と思われる)竹本君の不遇っぷりには目を覆うばかりです。
こんなに悲しい少女マンガの主人公を見たことがありません。
自分はなにをしてよいか分からず足踏みしているのに、才能に溢れ器用な仲間たちはどんどん成功していきます。
想いを寄せる女の子(はぐちゃん)とは、芸術家として生きる世界が違うのだということをまざまざと見せつけられます。
はぐちゃんが大怪我をして芸術家人生の危機に立っても、彼にはなにもできません。
貧乏故に“お見舞いの花ひとつ買えない自分”を実感するだけです。

確かに迷いつつも竹本君は成長し、たくましくなって自分の生きる道を探し出します。立派です。とても立派です。
けれど、読者に恋だの愛だの夢を与えるはずの「少女マンガ」で、肝心の主人公の恋が、ほとんど成就されずに終わってしまうこの違和感・・・。
コメディタッチの作風に反して、力なきものに愛は手に入らないという現実から一切逃げがない物語でした。
そんな竹本君の大きな悲哀を打ち消すために、準主役(になった)の森田君、山田さん、真山君、三人分のサクセスストーリーが必要だったのかもしれません。

しかも「持たざる者」の悲哀は、竹本君だけではありません。
原田さんと理香さんの栄光に隠れた花本先生。
森田父を裏切った根岸さん。
そして、そんな根岸さんにシンパシーを感じていた森田兄(馨)・・・

特に根岸さんはあまりにも、あまりにも救いのない最後でした。

羽海野さんはどうして、ここまで「持たざるものの悲哀」を描かなければいけなかったのでしょうか?

実は、「持たざる者」こそ羽海野さんだったのかもしれない、と考えています。
もっと若い時だって彼女ほどの実力があればプロの漫画家になれたはずなのに、あえてプロ漫画家として「ハチミツとクローバー」を成功させたということは、羽海野さんにとって何か大事なものを捨てる行為だったのかもしれない、などと思ったりするのです。

羽海野さんはプロ以上にプロフェッショナルでした。
掲載誌が休刊しても、出版社が変わっても、編集部の要求に応えて路線を変更して物語を続けていました。
かわいい我が子とも言える作品が、他のメディアに奪われても、いつも好意的でした。
医者に入院を勧められても連載を落としませんでした。
その身を切るような行為に、私は羽海野さんのただならぬ決意を感じていました。

でも、それでも、この作品の冒頭で描かれていた明るくぬるい世界のまま、「CUTIEコミック」休刊時のchapter.14で終わっていたら、竹本君がこれほどまでに悲しい人になることはなかったのかもしれない、と思ったりします。

でもやはり竹本君の絶対に実ることのない悲しい恋こそが、この作品を偉大にしたのでしょう。

テーマ : 感想
ジャンル : アニメ・コミック

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なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
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