野蛮

「僕はコミュニズムが揚げた理想というのは、やっぱり現実の社会主義が上手くいってなくても、要するに人間はより高くありたいとかより高貴でありたいっていう、人から屈辱を受けたくないとか、そういうことでね、その価値は少しも消えてないと思うんです。」
宮崎駿氏がこう仰ったらしい。

彼が社会主義者であったことは有名ですが、頭の良い彼のこと、その限界はとうの昔に理解しており、「小さなコミュニティこそ理想郷」みたいな思想であっただろうことは、作品を観ると理解できます。
そんな彼にとって、ソ連の崩壊より衝撃だったのがボスニアヘルツェゴビナ紛争だったようです。
それまでの隣人同士が、イデオロギーによる統率から解放された途端、殺し合い、おぞましい“民族浄化”を始めるという、戦争などとも呼べない最低最悪の状況は、彼の「小さなコミュニティこそ理想郷」思想を粉砕するに十分だったと思われます。

そんなことを背景にマンガ版の「風の谷のナウシカ」は完結します。
私は、これに強く影響を受けているのので、宮崎氏の上記発言には少し驚きです。いつの頃の発言なのかはわかりませんが。

誤解を恐れずに言うと、この方の本質は、前向きのようで、実は後ろ向きのような気がします。
作品を観ると、どこか「昔はよかったね」という感じがするので。
「生きろ」「生きろ」という割には、今の時代や未来に良いものを探すことを諦めている気がするので。

90年代って、社会主義が崩壊することで性善説が完全崩壊して、ついでに日本じゃバブル景気が終わって、気分的には最低の時代だったのだな、と、今になって思います。
あの頃の岡崎京子さんのマンガも、エヴァンゲリオンに始まる鬱展開ブームも、「人間ってひどいものだよ」というその先を模索していたような気がします。つまらない理屈を超越する野蛮で原始的な力を手に入れたかったような気がします。
(今日、岡崎京子さんの「リバースエッジ」を読み直して気づいたのだけれど、エヴァの綾波レイの黒焦げの手が見えるシーンは、カンナの焼身自殺のオマージュだったのかもしれない。あれ、前にも書いたっけ?)

そして、それからの道ってなにも結局誰もわかんなくて、これまでに至るまで、「生きてるだけで丸儲け」感というか、そんなので、無理やり自分を納得させようとしているというか、うまく説明できないのだけれど、世界はそうやって人間の存在を考えているような、そんな気がしています。

そんな世界で、死にぞこないの私は、これからなにをしようかねぇ、ってそう思います。
後ろ向きのようで前向きな、野蛮で原始的な強い力が欲しい、と、いま、そう思います。

さよならポニーテール「雨はビー玉のように」

「ほんとうのこと誰も言わない 灰色の世界で
 君を守るただひとり ヒーローでありたつづけたいんだ
 だけどいつか平和がきて お役御免になったなら
 ちょっとまってまってまって ずっと 叫び声 響く」








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相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
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