グスコーブドリの国の少子化

フリーアナウンサーの長谷川豊さんのブログを読みました。
「日本の少子化が止まらないのは、若者が子育てよりも自分のことが大好きだから」
http://spotlight-media.jp/article/93578650305704689

内容は若者を見下したいだけの惨めなオッサンの戯言なので、あまり読む必要はないです。
長谷川氏の言いたいことを端的に引用しますと、

「若い夫婦が、てめーのことばかり考えて、あーだこーだと表面上の理由だけご立派に言い訳して、要は自分の都合で子供産んでないんです。子供よりも自分が大好きだから。」


だそうです。知性の欠片も感じないアホ丸出しの文章ですね。

でもなぜ紹介したのかというと、書かれていたアメリカの出産・育児事情の紹介が気になったのです。
かいつまんで紹介しますと、

 ・アメリカ、ニューヨーク州マンハッタン周辺の地域では全く少子化ではない
 ・アメリカの出産・育児環境は日本よりも厳しい
 ・アメリカ人は病的に子供が大好きだから少子化にならない


だそうです。
本当ですか?
秋口までアメリカ人たちと仕事していましたけれど、どいつもこいつも「病的に子供が大好き」だとは思えませんでしたが。

私は、アメリカ人が出産・育児をするのは単純に宗教によるバイアスがかかっているためだと思っています。
日本の若者に限らず、日本人の大変なところは、

自分が好きというだけではなく、宗教という背景がないので、自分で「自分」を作っていかなければいけない

ところだと考えています。
宗教って、つまるところ、良心と社会意識の統一フォーマット化と言えると考えています。
ある社会を維持していく上で、そこを統一しておいたほうが、効率的な維持運営を行えるからです。
自分の生き方は、ある程度、社会が暗黙の了解として決めていてくれるのです。
その一つとして、生物としての本能以外に、社会意識として繁殖の概念が植えつけられているのだろうと、私は見ています。

でも、日本人にはそれがありません、というかなくなりました。
地域コミュニティだけが、繁殖意識を強制するものだったのですが、それが都市への人口集中によりなくなったのです。
都市に人を惹きつける大きな力のひとつは、実は「匿名化」にあります。
巨大の都市の中であれば、自分はコミュニティに縛られない自由な存在になることができるのです。
(余談ですが、高度情報化によりそれが崩れつつある昨今、社会がどのように変化するかについて、私は注目しています)

そうなると、自分は何者であるか、自分自身で考えていかねばなりません。
しかも、総中流の時代が過ぎ、「世界にたったひとつだけの花」という風潮の中、オンリーワンを目指さねばなりなくなりました。
しかし、実は、これは本当に大変なことです。
一生涯かけても、誰もができることじゃありません。

このことから、私が考える少子化の理由は、

 ・とにかく過剰労働
 ・「自分」にならなければいけない精神的苦労

だと思っています。


アメリカ人のそのあたりが垣間見えるのが、ハリウッド映画です。
その多くのオチは「愛は勝つ」じゃないですか。
しかも恋人だの家族だの、繁殖に関わる愛ばかりです。
自己犠牲があったとしても、「天国に行ける」という自己利益と、社会的英雄になるものばかりです。


一方で、私、最近気づいたのですが、最近、泣いたアニメ作品って、壮絶なまでにまったく自己の利を排した犠牲となる物語なのです。

・愛する人を救うために、命を代償として運命をやり直す。自分自身は完全に消滅し、愛した人の記憶にすら残らない。(でももしかしたら少しだけなにかがのこっているのかも・・・)
・宇宙人の都合で絶望の果てに息絶えた、古今東西の多くの少女を救うために、自分を愛してくれた人(同性)からもらった力を行使して、宇宙をやり直し、その宇宙=神そのものになってしまう。再構築後の世界で自分を覚えていたのは、愛してくれた人だけ。
・非道の行いとその報いを受けるいばらの道を突き進み、仲間も親兄弟も排して、世界の憎しみを一身に受ける皇帝の座に就く。しかし、すぐに親友に自分を殺させ、英雄となった親友と妹による新しい世界秩序を構築する。すべては慈悲ある世界を作るため。自分自身は歴史に悪党として名を残す。


こんな物語がヒットするんですよ。
それでも、若い人達が、「自分のことしか考えていない」なんて言えますか?
私は、絶対にそんなことはないと断言します。

そして、こんな物語は、ハリウッドではきっと作れないでしょう。
宗教の制約から離れた私達だから考えられる命の使い方です。

考えてみたら、こういうのって宮沢賢治の考えなんだよな、と気づきました。
グスコーブドリのような生き方が、きっと私達の心に理想としてあるのだと思うのです。

私は、いまでも、「銀河鉄道の夜」の家庭教師は、義務を優先するべきなのではなかったか、と、時折考えます。
義務が人を人たらしめると思うからです。
でも、やっぱり、義務より優先する価値観が、あるのだろうと、そう思い直すのです。
これまで、何度も何度も、それを考えてきました。
そして、これからも考えるのでしょう。

日本に宗教はない、とは言いません(これについては後日書いてみたいと思います)、でも、私達はその制約から離れ、生きることと自分について、とても深く考えていると思います。
きっと歴史上、そんな国はなかったのではないでしょうか。
恐らく、今の日本、というか日本人の心の中は、すごいことになっている、そんな気がするのです。
そう考えると、少子化もさもありなん、と思ったりするのです。






テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

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相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
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