Welcoming Morning

「テクノロジカル シンギュラリティ」という言葉を初めて知りました。
訳すと「技術的特異点」というものですが、ここでは、量子コンピューターの開発と、それに伴う人工知能の発達により、人工知能が人類を凌駕することを意味します。

それが及ぼす影響について、学者や知識人は、肯定と否定に別れています。
人工知能が人類を凌駕するとき、それは、人工知能、いや新生命体と言っても良いかもしれません、とにかくそれにとって、人類が下等生物同然になることだと思います。
比喩ですが、「魔法少女 まどか☆マギカ」でインキュベーターが人類を支配していたようなイメージ。
異星生命体、インキュベーターにとって、人類は知的生命体として扱うものの家畜同然の存在でした。
そんな未来がやってくるかもしれない、否定派は、そんな人工知能が人類を支配する未来を恐れています。

でも、私は、それはないのではないかと考えています。
「人類を支配する」ことに、人工知能は価値を見出さないでしょう。
逆に、人間(の意識)が、コンピューターに取り込まれることにより、同化していくのではないでしょうか。
「攻殻機動隊」で草薙素子が、新生命体と称すネットで生まれたという人工知能と一体になったように。
その時、これまでの価値観は一新されます。
今、人類が抱えているあらゆる問題は全て昔のものとなり、新たな使命が判明するでしょう。

前から、距離や時間と言った、物理的限界を人類はどう超えるのかについて、私は疑問に思っていました。
克服できる「理由」がまったくないからです。
しかし、量子コンピューター、量子デバイスは、人類から物理的限界を取り去り、意志に物理的な力を与えてくれるでしょう。
それは、魔法と科学、「あの世」と「この世」の区別がなくなることを意味します。

「テクノロジカル シンギュラリティ」は2045年に達成されるだろうと予測されていて、別名「2045年問題」とも呼ばれています。
私は、その朝が一日も早く来ることを祈っています。
できれば、生きてその日を迎えたいです。

Chappie「Welcoming Morning」

きみが「やさしさ」とよぶぼくの「ちから」は
たとえばきれいなほしをみて
ひとりぼっちでさみしくなったりしているときに
つよくなってゆくんだ

それはこねこをだいたり
ししゅうをよんだり
えのぐをえらんだり
ひとりでくちをつぐんでじっとだまっているときに
ぐんぐんとふくらんでゆく「ちから」なんだ
(中略)
こいをするぼくの「くうそう」がせかいをせいふくしてなにもなくなっても
ぼくは「このよのおわり」をこえてきみにあいにゆく
(中略)
おいかけるぼくの「おもいで」が
あるひ「とき」をおいこし「あのよ」にとどいたら
ぼくは この「ちから」と「かけら」でつくった
「たから」を「ひかり」にてらし
「えいえん」をてにいれる

in the welcoming light, we restore minds to one innocence
かなしみをとき ぼくはとべる
nostalgic new light, yes... we simply name it "morning"
はかないいのち てんにゆれる


テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

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なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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