心の距離(水沢悦子さん「ヤコとポコ」)

<あらすじ ※ネタバレあります>
遠いのだか近いのだかわからない未来。
進化したのだか退化したのだかわからない社会。
動物型のロボットが人々をサポートし、2015年のいまより皆のんびり暮らしているようだ。
ヤコは少女マンガ家。
ポコは猫型のロボットでアシスタント。
ヤコは、ポコの初期設定で、なぜか「かんぺきモード」ではなく「てきとうモード」を選んだ。
そんなふたりの忙しくて、どこか懐かしくて、そしてなぜか切ない毎日。



<感想>
けなげで甘えん坊のポコ。
そんなポコに対し、なぜか距離をとろうとするヤコ。
甘やかすと仕事が鈍るから、ということらしいのだけれど、どうもそれだけではなさそう。
ポコを「てきとうモード」にしたのも、まわりの評価が高いのに仕事を増やさないのにも、彼女なりのポリシーなり思想があるみたいだ。
きっと彼女は、芸術家として、静かに独りでなにかと戦っているのだ。
そんなヤコにとって、ポコの存在が心の支えになっていることが端々に出てくるのだけれど、ヤコはそれを表に出そうとしない。
表に出さないからこそ、それがわずかに発露したところが、とても心に染みるのだ。
その「わずか」の表現の仕方が、水沢先生はとてもうまい。
150709ヤコとポコ

本当の心の距離と関係性の深さって、実は一致しない。
自他ともに認める仲の良い恋人同士なのだけど、心の距離は遠いとか、そういう感じで。
だからこそ、一見ヤコが冷たいのに、実は二人の気持ちが繋がっているのを見ると、涙が出てきてしまうのだ。


同じようなことを感じたのは、関谷あさみさんの「千と万」だ。
父子家庭を描いた作品で、中学生の娘は父の“娘かわいさ”の気持ちを利用してちょっと甘え気味。(逆に父が娘に意地悪する話もあるけど)
父が利用されているように見えるのだけれど、父は大人だから知っているのだ、この生活は彼女が巣立つあと数年だということを。
逆に娘は子供だから、この生活が終わるのは遠い未来だと思っている。
150709千と万
この作品で娘が、友達とそのお母さんの関係の濃さに違和感を感じてしまうシーンがある。
なんでもない、普通のお母さんなんだけれど、彼女には母がいないからそう思ってしまうのだろう。
逆に言えば、父とはやっぱり「男と女」という心の距離があるのだと思う。

でも、だからって仲が悪いわけじゃないし、むしろ、本当は仲が良い。
小津安二郎監督「晩秋」の父と娘に男と女を感じしてしまうような、そんな感じで。



で、だ。水沢悦子さんも、関谷あさみさんも、エロ出身の方なんですよね。(しかもどっちもナントカ条例にひっかかりそうな・・・)
セックスって人間にとって、相手と特別な関係を築く手段なわけなのだけれど、関係性が深くなるにつれ、むしろ心の距離は離れていったりすることもあるのかもしれないと思っています。
エロを描くマンガ家さんは、そんな微妙な心の距離を常に考えているんだろうな、そうしないと人の心に訴えかけるようなエロ作品は描けないのだろうな、「ヤコとポコ」も「千と万」もそれの副産物なのかもしれない、と思ったのでした。

こんなことを思うのは、もちろん私が欲求不満だからではありません。
私が常に探究心と観察眼を持ち続け、一読者として深く深く作品を通じて人間という存在を理解しようと努力した結果ですね・・・・

・・・なんだその目は?

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
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