銀の燕

161104飛燕
先日、川崎重工が復元した、大日本帝国陸軍三式戦闘機「飛燕」を見てきました。

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水冷式エンジンを搭載した欧米の機体のようなフォルムが独特です。

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主任設計は、土井武夫技師。
戦後も飛行機を設計し続けた日本航空機史上の偉人です。

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ゼロ戦を設計した、天才肌の堀越二郎技師とは違い、と生産性も踏まえた実用に即した設計が土井技師の特徴です。

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故にとても頑丈な飛行機だったと聞いています。

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おそらく土井技師と陸軍は欧米のような一撃離脱戦法を考えていたであろうこともその設計に反映されたのだろうと思います。

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この飛燕2式改は、高高度から飛来する爆撃機を迎え撃つ、迎撃機としての役割を担うはずだったのだろうと思われます。

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しかしながら、このエンジン、川崎ハ140が問題でした。
ダイムラーベンツのDB601のライセンス生産品をさらにパワーアップしようとしたものでしたが、倒立シリンダー、燃料直噴装置、流体継手無段変速スーパーチャージャーなど、非常に独特で高度な技術が盛り込まれいたため、当時の日本の技術力には手に余るものだったようです。

液冷エンジン自体が、当時の日本にとってはハードルが高いものでした。
この飛燕のみしか第二次世界大戦における日本の戦闘機で採用実績がないことからもそれは明らかです。

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さて、ハ140のスーパーチャージャーユニットの復元したものです。
これは3Dプリンターで出力したものと思われます。本当はこんな精緻な見た目ではなかったとおもいます

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こちらはDB603に搭載されていたスーパーチャージャーユニットの実物です。

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タービンのフィンの厚さに注目してください。

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ドイツ製はこの薄さと形状です。
冶金、金属加工の技術自体が、日本は遅れていました。

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このようなDB603のパーツを見るだけで、とても日本のハ40/140がDB601/603に及ぶことはないとわかります。

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実際、飛燕はエンジン製作の川崎明石工場が空襲にあったこともあり追いつかず、エンジンなしの本体が国道沿いに並ぶという異常事態に陥りました。
もし工場がまともに稼働していても、燃料直噴装置の部品の検査通過率が5%だったとかいう話です。

そのため、急きょ空冷エンジンを載せたのが五式戦闘機です。
五式戦は皮肉にも予想以上の性能を見せました。ただ、戦争末期で数百機しか生産されませんでしたが・・・


正直な気持ち、川崎重工の宣伝企画だから当然なのですが、バンザイ的な内容には少しだけ薄暗い気持ちを抱きました。

たとえば三菱のゼロ戦はよい飛行機でした。
でも、ドイツはDB601を搭載した、メッサーシュミットBF109をスペイン内戦(1936年-1939年)で投入しています。
ゼロ戦が登場(1940年7月)すると同時に、イギリスはスピットファイアをMk.2にまで発展させていました(1940年8月)。

現実は直視しないとロクなことになりません。
日本は負けるべくして負けたのです。
実物を見てそれをはっきり認識しました。
どうしてかなぁ。これを作った人たちも、ドイツ製の部品を見て同じことを考えたはずだったんだけどなぁ。

161104飛燕
しかしです。戦後の日本は頑張りましたね。
このスーパーチャージャー搭載するハイパフォーマンスモーターサイクル、H2Rを見てください。
素晴らしい。川崎万歳!
ご先祖様、日本は諦めずにここまで来ました!

そこで川崎の技術者の方に聞いてみました。
「なぜこのハイパフォーマンスモデルにレースにおける標準技術と言えるツインスパーフレームではなく、鋼管トレリスフレームなのですか?」
若い技術者の答え。

「あれ、言われてみれば、なんでだろう!?」

おいおい、大丈夫か!?カワサキ!?

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GPz 750 turboも展示されていました。
FX750のエンジンにターボチャージャーを搭載したらしいです。

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相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
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