マン・マシンシステムとしてモーターサイクルの魅力を考えてみた

二輪車、自転車も含めてスタンドをはずして手を離せば倒れます。
あたりまえのことですね。
では、二輪車に人間が乗っているときを考えてみましょう。
車体が倒れようとするのを、人間がコントロールして倒れないようにしているわけですが、改めて考えてみると、これは地味にすごいことです。
制御のリアルタイム性が高いことはもちろんのこと、非常に微妙な身体制御(体重移動)でそれを制御しているらしいからです。

これは意識していてはとてもできないことで、人間は無意識で二輪車をコントロールしています。
たとえば、自転車でもハンドルを意識して切ることは稀です。
どなたでも無意識の体重移動で方向を変えているはずです。

このことから、システム工学で言うところの「人間=機械系」(マン・マシンシステム)として二輪車を考えるとき、そのインターフェイスは特殊なものなのではないかと思います。
人間が椅子に座り、手足で装置に入力して制御する車とは、基本となるインターフェイスが全く違うのです。

私が知る限り、マン・マシンシステムとしてここまで人間の基本的運動能力と連動しないと機能が完成しないものは少ない部類だと思います。

さらにマニューバの方面から考えると、二輪ゆえに、移動という二次元的な要素だけではなく、コーナーリングにおける倒し込みなど三次元的(2.5次元的?)な運動を要します。

そういう意味ではパラグライダー、ハンググライダーのインターフェイスも二輪車と似たマン・マシンインターフェイスだと思いますが、あれらは基本的に動力がありません。
モーターサイクルは自立のみならず、コーナーリングやブレーキングも動力を活用するのです。

この動力があるということが、同じ二輪車でもモーターサイクルと自転車との違いで、自転車が自分の身体の延長であり、移動の限界と自分の体力の限界が繋がっているいるのに対し、モーターサイクルは動力による移動という自由(→開放感)があるだけでなく、「パートナーシップ感」つまり、モーターサイクルそのものの“キャラクター”が立つ理由になっている気がします。

キャラクター、すなわち“別の(擬人化された)人格”との一体感。
これこそがモーターサイクルの魅力の大きな根本なのではないかと、私は現段階で考えています。



【余談1】
ラジコンのモーターサイクルがあります。ジャイロや錘の移動で曲がるきっかけを作るようです。
上に人間の人形が乗っているものがあり、それは自由に動きます。
走らせると、人形がモーターサイクルをコントロールしているように見えます。
コンピュータ制御しているわけではありません。
このことから考えるに、モーターサイクルが走っているとき、人間がモーターサイクルに「運動させられている」部分も大きいのではないかと思います。
このこともモーターサイクルに人間がキャラクターを感じるの原因のひとつではないかと思います。


【余談2】
現代における飛行機は、コンピューターに大きく介入されることにより制御しているのですが(もちろんそうじゃない古いものや小さいものがありますが)、モーターサイクルの場合、動力制御と制動(ブレーキング)制御以外にコンピューターが入り込む隙がありません。
ブレーキングですらつい最近で、コンピューター制御されていないものが多数。
ちなみに完全自立するモーターサイクルが最近開発されたので、車体制御や運動により深くコンピューターが関わる可能性が高まりましたが、実用化にはまだまだであると思います。


【余談3】
スクーターなどを除き、気筒数、気筒配置、排気量などエンジンの形式がモーターサイクルのキャラクターに大きく影響します。
運動性能の特徴に大きく影響することから、モーターサイクルのエンジンレスポンス等は敏感なものになっていき、現在では車のレース用に匹敵するような仕様のエンジンやタイヤがモーターサイクル市販車に搭載・採用される結果となったそうです。
ちなみに、車の車内で実際とは違う作られたエンジン音を演出するものがあるそうで、そういった人間と機械の一体感を機械的に作るという試みも存在します。


【余談4】
ジェットスキー、マリンジェットと呼ばれる乗り物を「水上バイク」と呼ぶ所以はマン・マシンインターフェイスが似ているからだと思います。

テーマ : 日記
ジャンル : 車・バイク

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

Twitter on FC2
カテゴリ
検索フォーム
リンク
月別アーカイブ
広告1
広告2