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音楽と人間の真実を知りたい

ミュージシャンが音楽を通してリスナーに提供するものは何であるのか、それについてずっと考えています。
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「人は17歳のときに聞いた曲を一生聞き続ける」
SONYウォークマンのキャッチコピー
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これは多くのことを示唆していて、「人間の心理の発達上、音楽が重要な役割を果たすことがある」という可能性を感じさせます。

衿沢世衣子さんの「サッカリン」というマンガで、悪ガキの男の子が高校生のお姉さんの携帯プレイヤーのヘッドフォンを偶然つけてしまい、そこから流れてくる音楽に衝撃を受ける、という話があります。
音楽を聴いた以降の少年の顔が少し大人に描かれて、行動が落ち着きます。
この作品はまさに上記のことを描いていると思われます。

そしてそのとき、その曲のオリジナリティはあまり関係ないです。
たとえばくるりの「ばらの花」を聞いたとき、私はPoliceの「Every breath you take」を思い出しました。細野晴臣さんも同じことを仰っていました。
この曲は、大沢誉志幸さんも「そして僕は途方に暮れる」で元ネタとしていて、「Every breath you take」も元ネタがあると聞いています。
つまり、パクりパクられ、というわけです。
そしてその時代に子どもだった、その曲をはじめて聞いた人にとって、その曲が「オリジナル」であり、過去の曲はどうでもいいはずです。
たとえば「ばらの花」をはじめて聞いた子どもにとっては、「Every breath you take」はきっとどうでもいいはずです。

これに気づいたとき、私は「オリジナリティ」という概念に疑念を抱いたと同時に、ポピュラーミュージックの世界では「今」が重要だと気づきました。
たとえ焼き直しでも新しいことが重要であって、いつまでも過去にとらわれると良いことがない気がします。

また、ある時、オリジナル曲を作っているアマチュアミュージシャンに聞いたことがあります。
「世の中に素晴らしい曲がたくさんあるのに、なぜ作曲をするのか」
その人は答えました。
「だって世界でひとつの曲じゃないですか」

それを思い出した時、確信できたのです。
人にとって「自分という神」の信仰のために音楽はあるのだと。
おそらく演奏する側も、聞く側も。

きっと「自分は自分」という嘘を隠すために、その信仰はあって、そして音楽がそれに多大な貢献をしている。
なぜ、自分は自分に嘘をつき続けるのか。
なぜなら、人間はそうしないと生きていけないから。
(人間は健全な精神を保つために自己評価を高く見積もっていることが、現代の心理学の定説となっているようです)

私の偏執狂的推察ですが、おそらく、これは正しいんじゃないかな、と思います。
だとすると、ミュージシャンのパフォーマンスの何がリスナーの「自分という信仰」に貢献するのか。それが分かればいいんですけどねぇ。これは本当にわからないでしょうね。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

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なお

Author:なお
いいトシしてバイクの免許を取得。
相棒はDUCATI MONSTER696とHONDA solo。
バイク以外の趣味はお菓子作り。
MtXです。

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